おれはオレンジャー!
むかしむかし、世界にはいろんな部族がいた
星を見上げて旅の道を決める者
大地の鼓動に耳をすませ、風の声を聴く者
火の前で子どもたちに智慧を語る者たちもいた
その中には、「問い」を大切にする部族と、「答え」にすがる部族がいた

「なぜこの嵐は来るのだろう?」
「どうして作物が育たなかったのだろう?」
「この痛みは、私たちに何を伝えようとしているのだろう?」
問いを持つ者たちは、答えを決めつけない
代わりに、大地や空、動物や仲間たちの中にヒントを探す
問いを握った手は、いつも開いているんだ
風が吹けば、その風を迎える余白がある
雨が降れば、雨を飲み込める柔らかさがある
一方で、答えを持った部族は、こう語った
「神が怒ったからだ」
「これには、いつもこう対処すればいい」
「これが正解だ。他は間違っている」
そうして答えにすがるうちに、彼らの心は固まっていった
問いを手放したとき、彼らの未来もまた閉じていった
現代に生きる私たちも、実はこのふたつの部族の間で、日々揺れている
「この仕事、本当に自分に合ってるんだろうか?」
「この人とずっと一緒にいて幸せなんだろうか?」
「そもそも、自分は何のために生まれてきたんだろう?」
そんな問いを持ち続けると、不安になる
誰かが「これが答えです」と出してくれたら、どれほど楽だろうか
だから、つい「正解」を探してしまう
でも――
答えが一つだと思った瞬間、人は立ち止まる
「わかった」と思った瞬間、探求をやめてしまう
「自分はこういう人間だ」
「もう歳だから無理だ」
「今さら夢なんて恥ずかしい」
そうやって、自分で自分の扉に鍵をかけてしまうんだよ
でも、問いを持つ人は違う
自分の中にスペースがある
わからない自分を許している
だから、変化を受け入れられる
だから、新しい風に気づける
問いとは、魂のコンパス
進むべき方向を、いつも感じ取らせてくれる
ここで伝えたいことは
「答えを見つけるより、問いを持ち続ける方がカッコいい」ということ
なぜなら、問いがある人は、いつも探している
いつも感じている
いつも、誰かや何かに心を開いている
たとえば、森の中を歩いているとしよう
「次の角を曲がったら何があるんだろう?」と問いを持つ人は、ワクワクしている
でも「ここにはもう何もない」と決めつけた人は、足を止めてしまう
そう
問いは、命を動かしつづける“炎”なんだ
君が今、何かに迷っているなら、それは悪いことじゃない
それは、命が今も燃えている証
そして、君が持っている問いは、世界とつながるための“扉”なんだ
問いを持っている人には、人が集まる
問いを持っている人には、アイディアが湧く
問いを持っている人は、いつでも学び続ける
そして学ぶ人だけが、進化していける
オレからの問いを最後に贈っておこう
「あなたがずっと持ち続けたい問いは何だろうか?」
「その問いを今日、誰と語り合いたい?」
問いは、時を超え、世代を超え、生命をつなぐ
だからあなたもどうか、「問いの部族」でいてほしい
いつかきっと、その問いがあなたを、まだ見ぬ奇跡の世界へと連れていくからさ
今日はこんなところだ
じや!

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