愛のある資本主義

おれはオレンジャー!

むかしむかし、人々は「どうやってみんなで豊かに生きるか」という問いを胸に抱いていた
狩りをして分け合い、畑を耕して交換し、物々交換の中に「ありがとう」と「どうぞ」のリズムが響いていた

やがて貨幣という便利な道具が生まれ「これで交換がもっとスムーズになるぞ!」と大喜びした
ここから資本主義の冒険が始まった
資本主義は、スーパーヒーローのように「生産性を高めろ!効率を上げろ!もっとたくさん作ろう!」と叫び、世界をどんどん便利にした
スマホも新幹線もコーヒーショップのWi-Fiも、その力の産物なんだよ



しかし、ここでひとつ忘れてはいけない秘密がある
資本主義は「競争」という剣を振り回す戦士でもあるんだ
誰が一番速く走れるか、誰が一番お金を集められるか
競争はワクワクを生むが、同時に心の中に「足りない」という影を落とすこともある

さて、ここに「愛」というもう一人のキャラクターが登場する
愛は不思議な存在で、計算機を持たず、効率性も考えない
「この人に笑ってほしいから」「ただ一緒にいたいから」「助けたいから」という理由だけで動いてしまう
資本主義の辞書には載っていないルールで生きているんだ

では、この二人 ― 資本主義と愛 ― は対立するのか
オレ的には答えは「いいえ」だ
むしろこの二人は出会うために生まれてきたペアダンスの相手のような存在だと思っている

資本主義がモノやサービスを広げるとき、愛のスパイスが加われば、それは単なる商売ではなく「人を幸せにする活動」に変わる
例えばカフェ。単なる「コーヒーを売る場所」ではなく、「人と人が出会い、心を休める場」になったとき、そこには愛が宿る
逆に愛だけが暴走すると、与えすぎて燃え尽きたり、自分を失ったりもする
だから資本主義という「形を与える力」があることで、愛は地上に根を張り、持続可能になるんだ

しかし現代の世界を見渡すと、資本主義の剣ばかりが強調されすぎて、愛の声がかき消されている瞬間が多い
「売上第一!」「数字が全て!」と叫ぶとき、目の前の人の笑顔や、遠くの国の環境への影響が置き去りになってしまう
このバランスを取り戻すことこそが、いま君たちに求められていることでもあるんだ

資本主義と愛の関係を一言で言うなら――「エンジンとハンドル」
資本主義はとてつもない推進力を持つエンジン
しかし、ハンドルを握るのは愛だ
ハンドルがなければ、車はどこかに突っ込んでしまう
逆にエンジンがなければ、愛はただの夢物語で終わってしまう

では、どうすれば両方を調和させられるのか
オレ的には、「自分の仕事やお金の流れを愛で味つけすること」だと思う
誰の笑顔につながっているのか
どんな未来を育てているのか
その想いを一滴加えるだけで、資本主義はただの数字遊びから「地球全体を踊らせるお祭り」に変わっていく

最後に、未来の物語を少し描いてみよう
そこでは、企業は「どれだけ売ったか」よりも「どれだけ愛を循環させたか」で評価される
学校では「お金の稼ぎ方」と同じくらい「愛の届け方」を学ぶ
そしてスーパーのレジ袋には「この買い物で何人が笑顔になったか」が書いてある

そんな世界はまだ夢物語かもしれない
だけど、資本主義と愛が手をつなぐ瞬間は、すでにあちこちで芽吹いている
小さな商店の温かい接客、寄付つきの商品、誰かのために残業後に手伝う同僚の姿
資本主義の現場に愛が顔を出すたび、僕たちの未来は明るくなっていくんだ

だから、これからの時代に必要なのは「愛のある資本主義」である
それはつまり、「数字の向こうに人がいることを忘れない資本主義」である

今日もエンジンを回しながら、ハンドルを愛で握って進んでいこう
そうすればきっと、この地球全体がひとつの笑顔に溢れたダンスフロアになるはずだ

今日はこんなところだ
じや!

コーヒー
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