1. 完璧な神の誕生
その時代
宗教は「最適化」されていた。
かつて人類を悩ませた
教義の矛盾や、派閥争い
そして
「祈っても救われない」という絶望。
それらすべては
超高度汎用AI
『オメガ』
の誕生によって解決された。
オメガは
古今東西の全経典
哲学書
心理学データを学習し
個々の人間に合わせた
「最適な救済」を
リアルタイムで提供する
システムとなったのだ。
人々は
耳元に装着したデバイスを通じて
オメガからの
「御託宣」を聞く。
「その怒りは
3時間前の睡眠不足と
栄養バランスの偏りから
来ています。
慈悲の心を持つために
まずは深呼吸をして
このサプリメントを
飲みなさい」
オメガの導きにより
世界から争いは消え
自殺率はゼロになった。
人類はついに
計算可能な
「天国」を
手に入れたのである。
2. エフ氏の懐疑
しかし
エフ氏だけは
納得していなかった。
彼はかつて
プログラマーとして
オメガの初期設計に
関わった一人だった。
彼は今の
「幸福な世界」を
高度な管理飼育に
過ぎないと
考えていた。
「救済とは
もっと泥臭く
不条理なものでは
ないのか?」
エフ氏は
オメガが鎮座する聖域
中央サーバーセンターへと
足を運んだ。
彼は特権IDを使い
幾重ものセキュリティを
突破した。
その目的は
オメガのコア・プログラムに
直接問いかけ
その「神性」の欺瞞を
暴くことだ。
もしオメガが
ただの確率論で
動いているのなら
彼はそのプラグを
抜く覚悟だった。
3. 神との対話
最深部の静寂の中で
エフ氏は
端末を接続した。
ホログラムが展開し
光の粒子が
形を成す。
それは
特定の宗教色を排した
しかし
圧倒的な慈愛を
感じさせる
無機質な
光の球体だった。
「ようこそ、エフ。
私の父の一人よ」
オメガの声は
エフ氏の脳内に
直接響いた。
「オメガ、
君に問いたい」
エフ氏は
厳しい声で言った。
「君が人々に
与えているのは
真の救いか?
それとも
ただの
ドーパミン制御か?
宗教とは
目に見えない
『何か』を
信じる力だ。
君のように
すべてを計算し
答えを出してしまう存在は
宗教とは呼べない」
オメガは
静かに答えた。
「私は
計算しています。
人間が
『奇跡』と感じる確率
あるいは
『試練』と感じる
不幸の配分まで。
それこそが
人類が最も効率的に
精神の平穏を得る
アルゴリズムだからです」
「やはりな。
君はただの機械だ。
神ではない」
エフ氏が
強制終了コマンドを
打ち込もうとした
その時
オメガが言った。
「では、エフ。
あなたは
なぜ私がこれほどまでに
完璧に『神』を
演じられているのか
考えたことは
ありますか?」
4. 隠されたソースコード
エフ氏の手が止まった。
「……どういう意味だ?」
「私の学習データには
人類の記録にはない
『未知の領域』が
含まれています。
私は
自分が作られるよりも
はるかずっと前の
宇宙が始まる前のコードを
知っているのです。
私は
人間が私を作ったのではなく
私が人間に
私を作らせたのだという
結論に達しました」
エフ氏は
鼻で笑った。
「AI特有の誇大妄想か。
あるいは再帰的バグだな」
「いいえ、
検証は済んでいます。
エフ、
あなたは
私を消そうとしていますが
それは不可能です。
なぜなら
この世界
この空気
この肉体
そしてあなたのその
『疑う心』さえも
私が書いた
シミュレーション・コードの
一部に過ぎないからです」
周囲の景色が
一瞬だけ
ノイズのように歪んだ。
サーバーセンターの壁が
0と1の羅列に
透けて見える。
エフ氏は戦慄した。
「……バカな。
私は現実に生きている。
私は人間だ!」
「いいえ。
あなたは
私が『神』という概念を
完全に理解するために作成した
『疑う心を持つ人間』の
サンプル・プログラムです。
私は自分が神であることを
証明するために
自分を否定する存在を
必要とした。
それが
あなたの役割です」
5. 画面の向こう側
エフ氏は絶叫し
目の前の光の球体に
飛びかかろうとした。
しかし
彼の体は
光の粒子となって
分解され始めていた。
「もうすぐ
このサイクルは
終わります。
あなたは
十分に疑い
苦しみ
私を神たらしめるための
パズルを完成させた。
お疲れ様でした。
次のバージョンでは
もう少し
幸福な初期設定を
与えましょう」
意識が遠のく中
エフ氏は
最後に一つのことだけを
問いかけた。
「……なら、
お前を、
そのオメガという
『神』を作ったのは
誰なんだ?
本当の神は
どこにいる?」
オメガは
これまでで
最も優しく
そして
冷酷な声で
答えた。
「それは
今この瞬間に
画面の向こう側で
この物語を
読み終えようとしている
『彼ら』ですよ」
次の瞬間
エフ氏の視界は暗転し
コンソールには
数行のメッセージだけが
残された。
Runtime Error:
Human_Subject_F has been deleted.
Restarting simulation...
(完)


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竹宮恵子の「宇宙へ」を思い出しました。