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3つ目の軍手
-3つ目の軍手-冬の朝、庭の手入れをする夫が「片方の軍手がない」と騒ぎ出した。 「もう、そこにあるじゃない」 妻が指差したのは、庭の木にちょこんと掛けられた、真っ赤な子供用の毛糸の手袋だった。 それは二十年以上前、息子が失くしたはずのもの。 ... -
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いつもの珈琲
-いつもの珈琲-定年退職後、夫は毎日決まった時間に散歩に出かけ決まった喫茶店でコーヒーを飲むようになった。 「何がそんなに楽しいのかしら」 妻は少し不思議に思い、ある日こっそり後をつけてみた。 店を覗くと、夫はカウンターでマスターと真剣な顔で... -
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あとでね
-あとでね- 五歳の娘は、お喋りが大好きだ。けれど、ミドル世代の夫婦は仕事に家事に追われつい「あとでね」と返してしまう。 ある晩、妻が寝室で古いノートを見つけた。それは夫が独身時代からつけている、ただの雑記帳だった。 パラパラと捲ると、最近の... -
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三度目のダンス
-三度目のダンス-「踊ってくれませんか、マダム」 結婚記念日。高級なレストランではなく、思い出の古いジャズバーで、夫は少し照れながら手を差し出した。 かつてはスマートに踊れたステップも、今では膝や腰を庇いながらの不格好なものだ。 「昔より、ず... -
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予備の合鍵
-予備の合鍵-五十歳を目前に離婚を決意した彼女は、独り暮らしを始めた。自由になればせいせいすると思っていたのに、静かすぎる部屋で夜を迎えるたび、胸の奥に冷たい風が吹いた。 ある雨の夜、玄関のチャイムが鳴った。モニター越しに立っていたのは、別... -
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カレーライスの和解
-カレーライスの和解-「また同じ具材ばかり買ってきて」 週末のスーパーで、妻が少し尖った声を出した。共働きで子育ても一段落し、会話といえば家事の分担か予定の確認。情熱はいつの間にか、日常という砂に埋もれていた。 その晩、夫は黙ってキッチンに... -
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30通の「おめでとう」
- 30通の「おめでとう」-母が亡くなったのは、娘が十歳の時だった。 それから毎年、娘の誕生日には母からの手紙が届いた。 「二十歳になったあなたへ」「就職したあなたへ」 父は「お母さんが魔法を使って預けていったんだよ」と笑い、娘はその手紙を支え... -
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ラストドライブ
-ラストドライブ-末期癌を患う夫が、最後にどうしても行きたいと言ったのは、新婚旅行で行った北の岬だった。 「無茶よ」と反対する妻を押し切り、夫は二十年乗り続けた古いワゴン車のハンドルを握った 道中、夫は若い頃のようにカーステレオのボリューム... -
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補聴器の秘密
-補聴器の秘密-「お父さん、また補聴器外してるの?」 娘の呆れた声に、父はただニコニコと笑っている。母が亡くなってから五年、父の耳はめっきり遠くなった。 「静かでいいんだよ」と父は言うが隣で小言を言う母がいなくなって、世界を閉ざしてしまった... -
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読みかけの交換日記
-読みかけの交換日記-離婚届を出す前夜、夫婦は書斎の整理をしていた。埃をかぶった段ボールから出てきたのは結婚当初に一ヶ月だけ続いた交換日記だった。 「懐かしいわね。あなた、字が今よりずっと丁寧だわ」 妻が苦笑しながらページをめくる。そこには... -
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魔法が溶けたあと
-魔法が溶けたあと-「もう、シンデレラって年齢でもないけれど」 彼女は玄関で、新しく買った少し派手なヒールを眺めてため息をついた。かつての恋人は、いつも「華やかな君が好きだ」と言っていた。けれど、今の夫は隣で黙って古びたスニーカーの紐を結ん... -
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三度目のプロポーズ
-三度目のプロポーズ-「今さら、恥ずかしいわよ」 五十五歳の誕生日の夜。ホテルのレストランで彼女は照れくさそうにワイングラスを揺らした。 一度目は二十代、勢いで。二度目は四十代、離婚の危機のあとの仲直りで。 そして今日、彼は三度目の箱を取り出... -
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終電後のハイヒール
-終電後のハイヒール-「もう、こんな靴履く歳じゃないわね」 深夜のオフィス街。仕事帰りの彼女は、街灯の下でパンプスを脱ぎ捨て素足でベンチに座り込んだ。 昇進と引き換えに失った時間は、鏡の中の目尻のシワになって刻まれている。 「タクシー、呼びま... -
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20年目の味見
-20年目の味見-「また塩、入れ忘れたでしょう」 夫が苦笑しながら味噌汁を啜る。妻は「あら、失格ね」と笑いながら、自分の碗を手に取った。 若い頃の彼女は、完璧主義で料理教室にまで通っていた。それが最近では、どこか抜けている。 夕食後、夫は台所で... -
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三度目のさよなら
-三度目のさよなら-私たちは、さよならを言うのが下手だった。 一度目は、卒業式の校門。二度目は、彼が遠くの街へ行く空港のゲート。 そして三度目は、偶然再会した交差点。 「元気そうでよかった」 「あなたもね」 短い会話の後、お互いに背を向けて歩き... -
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写らない思い
-写らない思い-遺品整理で見つけた、古いデジタルカメラ。そこには学生時代の僕と、隣で笑う彼女の姿がたくさん残っていた。 最後の一枚は、夕暮れの教室。逆光で彼女の顔はよく見えないけれど、繋いだ手の影だけが長く伸びていた。 画面をスクロールしよ... -
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初雪の忘れ物
-初雪の忘れ物-「雪が降ったら、またここで会おうね」 そう約束した冬から、三度目の初雪が舞い落ちた。あの日、些細な喧嘩で別れて以来、一度も連絡は取っていない。 それでも私は、いつもの待ち合わせ場所に立っていた。かじかんだ手に息を吹きかけなが... -
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電話ボックス
-電話ボックス-もう誰も使わなくなった、公園の隅の古い電話ボックス。 そこから特定の番号にかけると一分間だけ「会いたい人」と話せるという噂があった。 僕は震える指で、今はもう繋がらないはずの彼女の番号を押した。 『……もしもし、遅いよ』 受話器... -
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記憶のしおり
-記憶のしおり-「もし私があなたのことを忘れても、怒らないでね」 病室で彼女は弱々しく笑った。僕は何も言えず、彼女が読んでいた本の途中に、青いリボンのしおりを挟んだ。 数年後、古本屋で偶然その本を見つけた。手に取ると、中からあの時の青いしお... -
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垂直の恋
-垂直の恋-彼と付き合って三ヶ月。私たちは一度も地面を歩いたことがない。 彼は重力が垂直に働く特異体質で、常に壁を歩いているからだ。 「こっちへおいでよ」 壁の上から手を伸ばす彼。私は梯子を登り、壁に背中を預けて彼と抱き合う。 「重力って不便... -
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予備の顔
-予備の顔- 彼女は、デートのたびに顔を付け替える。 「今日は『清楚』の気分なの」 カチリ、と音がして、彼女の首の上に陶器のような白い顔がはまった。 僕はそれを見て、「前の『熱情的』な顔も好きだったよ」と、足元に転がっている彼女の古い顔を拾い... -
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嘘の山
-嘘の山-彼が嘘をつくたび、足元の地面が数センチずつ盛り上がっていく。 「仕事で遅くなっただけだよ」 その言葉が終わる頃には、彼はリビングの天井に頭をぶつけていた。 「ねえ、もう五メートルは積もってるわよ。その地層、何?」 私はスコップを持っ... -
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心の声
-心の声-彼は、彼女が何を考えているか知りたくて「心の声が聞こえる耳栓」を闇市で買った。 それを装着して彼女に向き合うと彼女の口からは「好きよ」という言葉が出ているのに耳栓からは全く別の音が聞こえてきた。 『シュゴォォー。本日ノ、大気圧ハ、... -
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ラストシーン
-ラストシーン- 小説家志望の彼と、それを支える彼女。 「傑作が書けたら結婚しよう」 それが二人の合言葉だった。けれど、彼の原稿はいつまでも完成せず、生活のすれ違いから彼女は家を出る決意をした。 最後に一度だけ、彼の書きかけの原稿にペンを入れ...
