『贈り物』
かつてアトランティスとレムリアの真相を闇に葬ったエフ氏だったが
その探究心までは埋めることができなかった。
彼はある日
中央アジアの砂漠の真ん中で
これまた奇妙な「オーパーツ」を掘り当ててしまった。
それは
掌に乗るほどの大きさの
半透明な立方体だった。
内部には微細な光の粒子が
まるで呼吸をするように明滅している。
エフ氏がその立方体の表面をなぞると
空間に空中のキーボードのようなものが
投影された。
「やれやれ。
今度は何だ。
また宇宙へ逃げ出した連中の
悪趣味な置き土産か」
エフ氏は自嘲気味に呟きながら
解析を進めた。
前回の教訓がある。
彼は期待などしていなかった。
どうせまた
人類を小馬鹿にするような内容に違いない。
だが
解析の結果は
彼の予想を裏切るものだった。
立方体から流れてきたのは
穏やかで
慈愛に満ちた音声だった。
『親愛なる
我々のあとに続く者たちへ。
この記録に辿り着いたということは
貴公らは
物質文明の限界を超え
世界の真理に触れる
一歩手前まで来たということだ』
エフ氏は眉をひそめた。
前回の「脱出劇」の連中とは
随分と毛色が違う。
『我々は
かつてこの地球に存在した
第三の文明である。
アトランティスやレムリアのような
稚拙な技術に溺れた者たちとは違う。
我々は
精神と物質の調和を極め
争いのない世界を築いた。
だが
地球の寿命という
抗えぬ運命を前に
我々はこの立方体に
全ての英知を託すことにした』
映像が空間に広がった。
そこには
数万年先の科学技術ですら
到達できないであろう
美しい理論式や設計図が
整然と並んでいた。
無尽蔵のエネルギーを取り出す方法。
不治の病を消し去るナノマシン。
そして、人々の心を結びつけ
憎しみを消滅させる精神工学。
それは、まさに
人類が夢にまで見た
「黄金時代」への招待状だった。
「これは……本物だ」
エフ氏は息を呑んだ。
アトランティスの時のように
誰かを支配しようとする
悪意も感じられない。
データは
あまりに純粋で
あまりに完璧だった。
これさえ公開すれば
飢餓も戦争も
病苦すらも
この世から消え去るだろう。
エフ氏は
全人類の救世主として
歴史に刻まれることになる。
エフ氏は
震える指で
データの最終ページを開いた。
そこには
この英知を起動させるための
「パスワード」の設定方法が
記されていた。
『この英知を受け取る資格があるかどうか
最後の試練を与えたい。
パスワードは
この装置を手にした者が
「最も愛する人の名前」を三回
心から慈しみを込めて唱えることで
解除される。
その愛の波動が
装置を起動させる
鍵となるのだ』
エフ氏は安堵した。
なんと平和的で
なんと素晴らしい。
彼は独身だったが
かつて愛した女性のことを思い出した。
あるいは
自分を育ててくれた
母のこと。
彼は目を閉じ
深く息を吸い込んだ。
「……待てよ」
エフ氏の脳裏に
ふとした疑問が浮かんだ。
この装置は
あまりに完璧すぎる。
もし
これが世界中に広まったら
どうなるか。
苦労せずに
無限のエネルギーが手に入り
病も死も克服した人間たちは
次に何を求めるだろうか。
「愛」という鍵で開かれるこの扉は
本当に人類を幸福にするのか。
エフ氏は
この立方体を残した
「第三の文明」の末路を調べようと
データの隅々を再スキャンした。
すると
データの末尾に
非常に小さな注釈を見つけた。
『追伸。
我々は
この英知を完成させた直後
あまりの満ち足りた幸福感から
誰もが「現状維持」以外に
興味を失ってしまった。
成長も変化も止まり
子孫を残す情熱さえ消え
我が文明は
静かにそして緩やかに
消滅した。
この装置は
いわば我々の
「最高傑作の遺影」である。
貴公らが
同じ道を辿るかどうかは
貴公ら次第だ』
エフ氏は
大きく目を見開いた。
完璧な幸福とは
すなわち
「停滞」であり
それは
「死」と同義だったのだ。
エフ氏は
立方体を地面に置いた。
そして
パスワードを唱える代わりに
近くにあった
大きめの石を持ち上げた。
「……人類には
まだ早すぎる。
いや、永遠に
必要ないのかもしれないな」
エフ氏は
無慈悲な力で
石を立方体へと振り下ろした。
パリン。
という乾いた音と共に
内部の光の粒子が
霧のように霧散していく。
砂漠には
再び静寂が訪れた。
エフ氏は
ポケットからタバコを取り出し
火をつけた。
不便で
病があり
争いの絶えない
しかし
明日がどうなるか
分からない
この不完全な世界。
その紫煙を眺めながら
エフ氏は
満足そうに微笑んだ。
「さて、次は
もっと実りのあるものを
探しに行こうか。
例えば
ただの金塊とかね」
彼はそう言って
二度と輝くことのない
立方体の破片を
砂の中に蹴り込んだ。
(つづく)


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