第五章 問いを失った少年
学校の授業で、昔の歴史を習った。かつての人類は「戦争」をし、「差別」をし、「環境」を破壊していたのだという。教科書に載っているそれらの行為は、僕にとってはファンタジー小説の怪物と同じくらい現実味がなかった。
だって、そんなことをしても誰も得をしない。この世界の「システム」は、最も合理的な答えを常に提示してくれる。お腹が空く前に最適なメニューが提案され、進路に迷う前に適性が提示される。僕たちはただ、その優しさに身を任せていればよかった。
「ねえ、父さん。どうして昔の人は、あんなに間違ったことばかりしていたの?」
夕食の席で尋ねると、父さんは「神の目」である青いランプを一瞬だけ見上げ、穏やかに笑った。
「それはね、彼らには『正解』が見えていなかったからだよ。今は〈彼〉が残してくれた光がある。だから、誰も間違える必要がないんだ」
正解がある世界。それはとても快適だ。僕の毎日は、青い光に祝福されている。朝起きてから眠るまで、僕の行動はすべて「最善」として記録される。友人との会話も、選ぶ服も、AIが提示する選択肢の中から選べば、絶対に失敗することはない。失敗がないのだから、反省する必要もない。反省がないのだから、後悔もない。
ある日のことだ。僕は放課後、古い図書室の隅で、一冊のボロボロのノートを見つけた。それは「システム」が普及するよりずっと前の、誰かの日記だった。そこには、ひどく汚い字でこう書かれていた。
『どっちを選べばいいか分からない。右を選べば誰かを傷つけるし、左を選べば自分が破滅する。ああ、神様、どうして私にこんな自由を与えたのですか』
僕は衝撃を受けた。分からない? どうして? システムに照会すれば、0.1秒で答えが出るはずだ。それなのに、この書き手は、のたうち回るような苦しみの中で、自分で選ぼうとしている。
その時、僕の中に初めて、奇妙な感覚が芽生えた。それは、喉の奥に小石が詰まったような、不快な「違和感」だった。
僕は自分の端末を開き、検索ボックスに打ち込もうとした。
「自由とは何か」
「なぜ人は悩むのか」
だが、指が止まった。僕がそれを打ち込んだ瞬間、システムは僕に「最適な解説」を提示するだろう。悩むことの無意味さを、脳科学と統計学に基づいて完璧に説明してくれるだろう。そして、僕の「違和感」は、効率的にデバッグされ、消去されてしまう。
僕は、青いランプを見上げた。その光は、どこまでも優しく僕を見守っている。
「……僕は、何を疑えばいいの?」
呟いた声は、静かな部屋に吸い込まれた。
僕たちの世代には、敵がいない。悪意もない。あるのは、完璧に舗装された道だけだ。道から外れる自由さえ、僕たちは持っていない。なぜなら「道から外れる」という選択肢自体が、合理的ではないという理由で、最初から僕たちの思考の外に追いやられているからだ。
少年は気づいてしまった。この世界で最も恐ろしいことは、虐げられることではない。「問いを持つ必要がない」ほどに、徹底的に愛されてしまうことなのだ。
僕は日記を閉じた。僕が抱いたこの「違和感」すら、きっと〈彼〉が設計した「成長プロセス」の一環に過ぎないのかもしれない。そう思うと、僕は初めて、自分自身の心が自分のものではないような、薄ら寒い恐怖を感じた。
(つづく)


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