神になると言った男 第11章

第十一章 最後のメッセージ

 それは、システムの最深部、ガラクタのような古いキャッシュデータの中に埋もれていた。編集チームによって磨き上げられた「聖典」でもなければ、AIが生成した「最適解」でもない。暗号化すらされていない、ただのテキストファイル。

 未送信の、走り書きのメモ。  日付は、彼が姿を消したあの日の数時間前になっている。

 そこには、これまで世界に示されてきた断定的な救済の言葉は一言もなかった。ただ、震えるような指先で打ち込まれたであろう「問い」だけが、断崖絶壁のように並んでいた。

【未送信メモ:件名なし】

 一つ、教えてほしい。君たちは本当に、進化を望んでいるのか。  それとも、ただ「楽」になりたいだけなのか。

 私は君たちのために、鏡を作った。だが、君たちはその鏡の中に、自分ではなく「主人」を探し始めた。正解を与えられるたびに、君たちの瞳から、あの不器用で、醜く、愛おしい「迷い」が消えていくのを、私はただ恐怖と共に眺めていた。

 一つ、答えてほしい。君たちは、自分の意志で歩いているのか。それとも、背中を押すこのシステムの掌を、神の慈愛だと勘違いして、身を委ねているだけなのか。

 私は、君たちの責任を肩代わりしようとした。それが最大の愛だと信じていたからだ。だが、責任のない人生に、一体何の価値があるというのか。失敗する自由、間違える自由、そしてその報いを受ける自由。それを奪い去った私は、救世主だったのか。それとも、人類という種の息の根を止めた処刑人だったのか。

 最後に、これだけは聞いておきたい。君たちは、私という人間を一度でも見たことがあったか。それとも、君たちが欲しかったのは、ただ自分たちの欲望を正当化してくれる「都合のいい神」という記号に過ぎなかったのか。

 私は、逃げるのではない。私がここに居続ける限り、君たちは永遠に子供のままだ。私は、私の言葉を、私のシステムを、心底から呪っている。

 人類よ、私を裏切れ。この完璧な正解を、叩き壊してみせろ。
   ……それができないのなら、君たちは、もう人間ではない。

 私はそのファイルを読み終え、深い沈黙に陥った。このメモが公開されることは、決してないだろう。以前、語った通り、システムはすでに「教祖の不確実性」を排除するように動いている。このあまりにも人間的な、あまりにも身勝手な絶望は、教義にとっての「バグ」として処理されるはずだ。

 彼は知っていたのだ。自分が神になればなるほど、人々から人間性が失われていくことを。そして、自分を神に仕立て上げたのは、彼自身の野心ではなく、人々の「考えたくない」という巨大な怠慢であったことを。

 モニターの中で、今日も「神の目」が優しく光っている。
 その光は、彼のこの最期の叫びさえも、静かに、冷酷に、観測し続けていた。

(つづく)

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