-SS-
チャイムが鳴り、静まり返った教室に足を踏み入れる。
窓際の席に座る彼女は、今日も教科書を広げたまま、ぼんやりと外を眺めていた。
「……そこ、難しいか?」
私が声をかけると、彼女はハッとして顔を上げた。
「先生、また教えに来てくれたの?」
「ああ。君がここを卒業するまでは、付き合うと決めているからね」
彼女のノートには、覚えたてのひらがなが不器用に並んでいる。
私は彼女の隣に腰を下ろし、ゆっくりとペンを走らせた。
彼女のシワの刻まれた手が、私の若い手を包み込む。
「ありがとうね。この歳になって、やっと自分の名前が書けるようになったわ」
夜間中学の教室。
私は二十歳のボランティア講師として、
八十歳の「教え子」が夢を叶える瞬間を見守り続けている。
(完)


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