観自在

おれはオレンジャー!

「観自在(かんじざい)」
という仏教の言葉がある
般若心経の一番最初に出てくる
フレーズだが、この言葉を聞いて
あなたはどんな意味を思い浮かべるだろう



観る、というのは
ただ目で見ることではない
評価することでも
裁くことでもない

あるがままを
そのまま受け取ることだ

自在とは
思い通りに操ることではない
縛られず、囚われず
自由に在るということだ

観自在とは
世界を自分の都合で
ねじ曲げることではない
世界がどう在るのかを
恐れず、逃げず、
静かに観る力のことだ

人は
見たいものだけを見て
信じたいものだけを信じる
都合の悪い現実には
理由をつけて目を逸らす

だが
目を逸らしたものは
消えたわけではない
ただ
見えないところで
力を溜めていくだけだ

観自在とは
痛みも、弱さも、
醜さも、矛盾も、
すべて含めて観る姿勢のこと

自分の中にある
怒り、嫉妬、恐れ
それらを否定せず
正当化もせず、
ただ静かに観る

すると不思議なことに
観られた感情は
暴れなくなる
抑え込まれたときではなく
理解されたときに
心は静まる

世界も同じ

他人の言葉
出来事、運命
変えようとする前に
正しく観ること

観る力が育つと
反応が減る
反応が減ると
選択が増える

これが自在の始まり

自由とは
何でもできることではない
どう反応するかを
自分で選べることだ

観自在とは
嵐の中で
嵐にならない在り方

感情に飲み込まれず
思考に縛られず
出来事の奥にある
流れを観る

静かに観て
きちんと受け取り
その上で動く

それができる者は
世界に振り回されない
世界と共に在る

君が苦しいとき
何かを変えたくなったとき
まずやるべきことは
戦うことではない

逃げることでもない

観ることだよ

ちゃんと観れば
歩むべき道はすでに
そこにあるからさ

今日はこんなところだ
じや!

目
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