『失われた遺産』
エフ氏は、自他ともに認める優秀な考古学者だった。
しかし、彼の探究心は地表の土を掘り返すだけでは満足できなかった。
彼が追い求めていたのは、伝説上の存在とされる二つの超文明
「アトランティス」と「レムリア」の実在を証明することだった。
ある日、エフ氏は南洋の無人島で、奇妙な金属製の円筒を発見した。
それは現代の技術では製造不可能な、滑らかな光沢を放つ未知の合金でできていた。
円筒の表面には、微細な彫刻が施されている。
エフ氏が持ち前の分析装置をかざすと、そこから立体的な映像が浮かび上がった。
「これは……記録装置か」
映像の中で、二人の男が激しく口論していた。
一人は豪華な青いローブを纏った男。
もう一人は、純白のタイトなスーツに身を包んだ男だ。
エフ氏は驚愕した。
背景に映し出されているのは、空飛ぶ乗り物が飛び交う、目もくらむような超近代都市。
そして男たちの背後にある紋章から、一人がアトランティスの王であり
もう一人がレムリアの指導者であることが見て取れた。
映像の音声は、自動翻訳機によってエフ氏の言語へと変換された。
「アトランティスの王よ、貴公らの重力制御技術は、
地球の磁場を乱しすぎている。
このままでは大陸の均衡が崩れるぞ」
レムリアの指導者が、厳しい表情で警告を発する。
対するアトランティスの王は、鼻で笑って応じた。
「何を言うか。
貴公らこそ、精神エネルギーを増幅させるあまり
人々の脳波を歪めているではないか。
その影響で海流が変わり、我々の港が沈みかけているのだ」
エフ氏は固唾を呑んで見守った。
歴史の教科書には、これらの文明は天変地異で滅んだと書かれている
(もっとも、実在すら疑われていたのだが)。
しかし、どうやら真相は、
もっと醜い「近所迷惑のなすりつけ合い」だったようだ。
論争はさらに加熱していく。
「これ以上の越権行為は許さん。
我がレムリアの超能力兵器を持って
貴公らの浮遊都市を地上へ引きずり下ろしてやる!」
「やってみるがいい。
アトランティスの光子砲が
貴公らの大陸を海の底へ沈めてくれるわ!」
エフ氏は震えた。
これこそ、人類が長年探し求めていた
伝説の文明が消滅した真の理由だ。
彼らは高度な文明を持ちながら
結局は現代人と変わらぬ矮小な感情で、滅びを選んだのだ。
映像は、二つの文明が互いに究極兵器を起動させたところで途絶えていた。
空が割れ、海が逆巻く地獄絵図が
最後の数フレームに記録されていた。
「素晴らしい発見だ。
これで私は歴史に名を残す。
人類は過去の過ちから学ぶべきだという、
最大の教訓になるだろう」
エフ氏は興奮を抑えきれず、円筒の底をさらに調べた。
すると、そこにはもう一つの隠されたデータが存在していた。
そのデータを開くと
先ほどまでの殺伐とした雰囲気とは打って変わり
二人の指導者が肩を組み
酒杯を交わしながら笑っている映像が現れた。
「……ん?
どういうことだ?」
エフ氏は首を傾げた。
映像の中の二人は、非常に親密そうに話し始めた。
「いやあ、アトランティス王。
今の演技、迫力がありましたな。
これなら後世の連中も
我々が本気で戦って滅びたと思い込むでしょう」
「全くだ。レムリア指導者殿。
本当は、単に資源を使い果たして
住むのが面倒になっただけだなんて
口が裂けても言えませんからな」
エフ氏は耳を疑った。
アトランティス王は続けてこう言った。
「地球の地殻変動周期に合わせて
適当に派手な自爆ショーを演出して
我々はとっとと宇宙へ逃げ出す。
残された不毛な土地を
あとに続く未開な猿どもに明け渡す。
これぞ完璧な撤退計画だ」
「全くだ。
あいつらがこの記録を見つけた時の顔が見たいものです。
自分たちが高度な先史文明の末裔だと信じて
必死に教訓を引き出そうとする姿をね。
……おっと、カメラを止めて、
そろそろ恒星間宇宙船に乗り込みましょう」
映像は、二人がカメラに向かって
皮肉たっぷりにウインクをしたところで
今度こそ完全に終了した。
エフ氏は、手に持った金属の円筒が、
急にひどく冷たく、重く感じられた。
自分が追い求めていた「失われた栄光」は
単なる「ゴミの不法投棄」の言い訳に過ぎなかったのだ。
エフ氏は深くため息をつき
その円筒を元あった深い穴の中へと放り込んだ。
そして、上から丁寧に土を被せた。
翌日、エフ氏は学会にこう報告した。
「調査の結果、アトランティスもレムリアも
やはりただの空想上の神話に過ぎないことが判明しました。
掘り返す価値など、どこにもありません」
エフ氏のこの決断こそが
彼がこれまでの人生で行った
最も「賢明な」研究成果であった。
<つづく>


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