(読者様からのご質問)
職場の同僚に親切にしてきたのに、異動の挨拶もなく去っていってしまいました。怒りというより、自分の『親切』は何だったのかという虚しさが残っています。この気持ち、どうしたらいいでしょうか?
(オレンジャーからの回答)
ご質問ありがとうございます!
あなたはきっと、
その同僚に対して
「見返り」を求めていたわけでは
ないのだと思います。
だからこそ、
異動の挨拶がなかったことに
怒っているというより、
「自分が大切にしてきたものが、
相手には存在しなかったのかもしれない」
そんな静かな喪失感を
感じているのではないでしょうか。
人は、
優しくした相手から冷たくされるよりも、
「心を通わせていたと思っていたのに、
実はそうではなかった」
と気づいた時に、
深く虚しくなるものです。
それは、
あなたの中に
“人とのつながりを大切にしたい”
という美しい感覚があるからです。
もし本当に無関心な人なら、
そもそも傷つきません。
だからまず、
あなたが感じている虚しさは、
あなたの心が弱いからではなく、
誰かをちゃんと大切にしてきた証なのです。
ただ、
ここでひとつ
宇宙的な視点から見ると、
「親切」は、
相手の反応によって
価値が決まるものではありません。
太陽は、
「ありがとう」と言われるから
光っているわけではありません。
花も、
褒められるために
咲いているわけではありません。
それでも、
光は届き、
香りは広がっていきます。
あなたの親切も、
本当はそれと同じです。
でも地球では、
どうしても人は
「返ってこなかった時」に
意味を疑ってしまう。
なぜなら、
多くの人が
“交換”として人間関係を
学んできたからです。
優しくしたら優しく返る。
尽くしたら感謝される。
支えたら覚えていてくれる。
もちろん、
それが返ってくる世界は
温かいです。
けれど現実には、
相手に余裕がなかったり、
人付き合いが苦手だったり、
感情を切り離して生きる人もいます。
異動の時、
その人は単純に
自分のことで精一杯だったのかもしれません。
あるいは、
別れを軽くするために
あえて距離を取ったのかもしれません。
本当の理由は、
本人にしかわかりません。
けれど大切なのは、
「挨拶がなかった」という事実だけで、
あなたの親切まで
無意味だったと決めつけないことです。
たとえば、
寒い日に誰かへ渡したカイロを
想像してみてください。
相手がその場で
「ありがとう」と言わなくても、
その温かさ自体は
消えていません。
あなたが渡したものは、
ちゃんと存在していたのです。
人の心も同じです。
あなたの何気ない言葉に
救われていた瞬間が、
相手の中に
一度もなかったとは限りません。
ただ、
人は案外、
感謝を表現できないまま
人生を通り過ぎてしまう生き物なのです。
そしてもうひとつ、
今回あなたが感じた虚しさは、
「これから誰に、
どこまで心を注ぐのか」
を見直すタイミングでもあります。
優しい人ほど、
“与えること”が自然になりすぎて、
自分の心の残量を
確認しなくなります。
でも、
あなた自身を大切にしない優しさは、
いつか枯れてしまいます。
だからこれからは、
「誰にでも親切にする」よりも、
“自分の心が安心できる相手に、
ちゃんとエネルギーを注ぐ”
という方向へ、
少しずつ意識を変えてもいいのです。
それは冷たくなることではありません。
むしろ、
あなたの優しさを
長く美しく保つための選択です。
あなたは今回、
「人は思ったよりあっさり離れていく」
という現実に触れたのかもしれません。
でも逆に言えば、
だからこそ、
本当に心が通う関係は
奇跡のように尊いのです。
去っていく人がいるから、
残ってくれる人の価値がわかる。
言葉を返さない人がいるから、
ちゃんと想いを伝えてくれる人の温かさが見える。
人生は、
失ったことでしか
見えない景色を
時々あなたに見せます。
今はまだ、
胸の奥にぽっかり穴が
空いているかもしれません。
けれど、
その虚しさを感じられるあなたは、
まだ心が生きています。
無感覚になっていない。
それは、
これから先、
もっと深く人とつながれる可能性が
残っているということです。
だから、
どうか今回の出来事をきっかけに、
「もう親切なんてやめよう」
とは思わないでください。
あなたの優しさは、
誰かの態度によって
価値を失うものではありません。
本当に大切なのは、
相手がどう返したかではなく、
あなたがどんな意識で
人と接していたかです。
その優しさは、
確実にあなた自身の人生の空気を
柔らかくしていました。
そしてその空気に、
いつか救われる人が、
必ず現れます。
この回答があなたの心に届くことを祈っています。最後までお読みいただきありがとうございます。
(完)


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