先送りマシン

『先送りマシン』

その国では、政治が極めて安定していた。

暴動もなければ、革命も起きない。
野党の突き上げもあれば、与党のスキャンダルもあるのだが
不思議と政権が揺らぐことはなく
社会はぬるま湯のような平和の中に浸っていた。

その中心にいたのが
代々政治家の家系に生まれた若きエフ氏である。

エフ氏は
祖父の地盤と
父の看板と
母のカバン(資金)を受け継いで当選した
いわゆる三世議員だった。

彼には
これといった思想もなければ
国を良くしたいという情熱もない。

あるのは
「落選したくない」という保身の心と
「面倒なことはしたくない」という
怠惰な精神だけだった。

そんなエフ氏のもとに
怪しげな博士が現れたのは
彼が大臣に任命された直後のことだった。

「大臣、就任おめでとうございます。
しかし、これからは大変ですぞ。

野党からの追求
マスコミの揚げ足取り
派閥の顔色伺い……。

失言一つで首が飛ぶ世の中です」

「そうなんだよ。
何かいい方法はないかね。
何もせずに、
ただ座っているだけで尊敬されるような」

エフ氏の嘆きに、
博士はニヤリと笑った。

「ございますとも。
これが我が研究所の最新作
『政治的答弁自動生成機』
通称『先送りマシン』です」

博士は、
目立たない超小型のイヤホンと
喉に貼る薄いシールのようなマイクを取り出した。

「これを装着してください。
AIが相手の質問を解析し
最も波風が立たず
かつ中身がゼロの答弁を瞬時に生成し
あなたの口を動かして喋らせてくれます」

エフ氏は
半信半疑でそれを使った。

翌日の国会。
野党議員が激しく詰め寄った。

「大臣!
この不明瞭な資金の流れは
明らかに裏金ではありませんか!
説明責任を果たしてください!」

エフ氏は動揺した。

心の中では
(秘書が勝手にやったことだ、知るか!)
と叫んでいたが

喉のマイクが勝手に振動し
口が滑らかに動いた。

「……ご指摘の点につきましては
現在、事実関係を精査中であり
捜査機関の活動に影響を及ぼすおそれがあるため
答弁は差し控えさせていただきます。

いずれにせよ
国民の疑念を招いたことは遺憾であり
丁寧な説明に努めてまいる所存です」

完璧だった。

謝っているようで
謝っておらず

説明すると言いながら
何も説明していない。

野党議員は顔を真っ赤にして
さらに追求したが
マシンは冷静に対応した。

「仮定の質問にはお答えできません」
「法に則り、適切に処理しております」
「指摘は真摯に受け止め
緊張感を持って注視してまいります」

この「先送りマシン」の効果は
絶大だった。

エフ氏は瞬く間に
「安定感のある政治家」
としての評価を確立した。

どんな難問が来ても
「検討を加速させる」
「専門家の意見を聞く会議を設置する」
と言って時間を稼げば、

国民は
そのうち忘れてくれるからだ。

やがて
エフ氏はその実績を買われ
ついに総理大臣の座に就いた。

エフ総理の誕生とともに
このマシンは
全閣僚、全与党議員に導入された。

国会は
実にスムーズに進行した。

質問者が何を叫ぼうと
答弁者は
「総合的かつ俯瞰的な観点から判断する」
と繰り返す。

不祥事が発覚しても
「記憶にない」
「記録を廃棄した」
のコンボで乗り切る。

政策はすべて
「検討中」というラベルが貼られた箱に入れられ

その箱を整理するための
「検討状況確認委員会」が作られ

さらにその委員会を監督するための
「有識者会議」が作られた。

何も決まらず
何も進まない。

しかし
誰も責任を取らないので
誰も傷つかない。

国民もまた
この状況を歓迎した。

変化は痛みを伴うが
先送りは
心地よい麻酔のようなものだからだ。

「きっと偉い人たちが
何か難しいことを考えてくれているのだろう」

人々は思考を停止し
日々の娯楽に興じた。

そんなある日
エフ総理の執務室に
あのアール博士が
慌てた様子で飛び込んできた。

「総理、大変です!
マシンのAIに
致命的なバグが見つかりました!」

「バグ?
なんだ、金ならあるぞ。
裏の金庫から
適当に持っていけ」

「金の問題ではありません!

このまま使い続けると
学習データがループを起こし
現実との乖離が臨界点を超えます。

すぐにシステムを停止しないと
取り返しのつかないことになります!」

その時
部屋の赤いランプが
激しく点滅した。

緊急警報だ。

隣国から発射されたミサイルが
首都に向かっているという知らせだった。

かつてない危機である。

迎撃するのか
避難命令を出すのか
直ちに決断を下さなければならない。

数百万の命が
かかっている。

「総理!
ご決断を!
マシンを切って、
ご自身の言葉で命令を!」

博士が叫んだ。

しかし
エフ総理の目は虚ろだった。

長年にわたり
マシンに頼り切っていた彼の脳は
もはや「決断」という機能を
失っていたのだ。

彼は震える手で
いつものように
マシンのスイッチを入れた。

「……総理
ミサイル着弾まで
あと一分です!
どうするんですか!」

側近たちが悲鳴を上げる中
エフ総理は重々しく
口を開いた。

マシンの出力は
最大だった。

「ただいまのミサイル事案につきましては
極めて遺憾であり
断じて容認できません。

政府としましては
あらゆる選択肢を排除せず
毅然とした対応をとるべく

直ちに
『緊急対策検討本部』を立ち上げ
関係各所と緊密に連携しつつ
事態の推移を
高い緊張感を持って注視し
国民の安全安心の確保に
万全を期すための議論を開始するよう
指示を出す方向で
調整に入りたいと考えております」

流れるような
美文だった。

完璧な形式美を備えた
中身のない言葉の羅列。

側近たちは
その美しい日本語に聞き惚れ
誰も迎撃ボタンを押すことなく
深く頷いた。

「さすがは総理だ。
これほど冷静に、
手続きを踏まれるとは」

窓の外が
閃光に包まれた瞬間も
エフ総理は
つぶやき続けていた。

「……なお
被害の状況につきましては
現在精査中であり……」


数万年後。

廃墟となったその島国を
異星の調査団が訪れた。

彼らは
瓦礫の中から
奇妙なデータチップを発掘した。

そこには
膨大な量の文書データが
保存されていた。

異星人の学者が
解析結果を
報告書にまとめた。

『この古代文明は
極めて高度な言語処理能力を
持っていたようだ。

彼らは滅びる直前まで
膨大なエネルギーを費やして
議論を重ねていた記録がある。

記録によれば
彼らはあらゆる問題を解決するために
無限に近い数の委員会と会議を
設立していた。

しかし
不思議なことに
彼らが具体的に何を実行したのか
という記録だけは
一行も見当たらない。

おそらく
彼らにとっては
「検討する」ということ自体が
宗教的な儀式であり
生きる目的そのものだったのでは
ないだろうか』

調査員は
瓦礫の上に落ちていた
錆びついたバッジを拾い上げた。

そこには
かつてのこの国の美徳を示すかのように
金メッキで
こう刻まれていた。

――
『善処します』

(完)

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