『ドラえもん』
1. 救世主の出現
エフ氏は
自他ともに認める
「人生の落伍者」であった。
仕事をしては失敗し
借金に追われ
住んでいるアパートの家賃さえ滞っている。
彼はある夜
机の前に座り
遺書を書こうかと
真剣に悩んでいた。
その時である。
カチリと音がして
机の引き出しが
ひとりでに開いた。
中から現れたのは
奇妙な姿のロボットだった。
丸い頭に耳はなく
体は青い塗装で覆われている。
腹部には
半円形のポケットがついていた。
「こんばんは
エフさん
僕は君を助けに来たんだ」
ロボットは
無機質だが
どこか親しみやすい
合成音声で言った。
エフ氏は
腰を抜かした。
「ど、どこから来たんだ
泥棒か
宇宙人か」
「僕は二十二世紀から来た。
君の遠い子孫が
あまりに悲惨な君の人生を見かねて
歴史を修正するために
僕を送り込んだのさ。
この『四次元ポケット』の中には
未来の科学の粋を集めた
秘密の道具が詰まっている。
これを使って
君の人生を
立て直してほしい」
2. 万能の道具
それからの
エフ氏の人生は
一変した。
ロボットが
ポケットから取り出す道具は
どれも
魔法のようだった。
空を飛びたいと言えば
小さなプロペラを
頭につけてくれた。
瞬時に目的地へ行きたいと言えば
どこへでも繋がる
ピンク色の扉を
出してくれた。
エフ氏は
それらを使い
まずは金を得た。
未来の予測機で
株を買い
透明になるマントを使って
ライバル社の情報を得た。
彼は
またたく間に
大富豪となり
豪邸を建て
美しい妻をめとった。
かつて
彼をバカにしていた人々は
今や
彼の靴を舐めるようにして
すり寄ってきた。
「すごいよ
君は最高の相棒だ」
エフ氏は
ロボットを抱きしめた。
ロボットは
「お役に立てて光栄です」と
変わらぬトーンで
答えるだけだった。
3. 未来への疑問
幸福の絶頂にいた
エフ氏だったが
ある時
ふと疑問を抱いた。
「なあ。
これほど便利な道具がある
二十二世紀とは
一体どんなに
素晴らしい世界なんだい。
私を助けるために
こんな高価なロボットを
寄却できるなんて
さぞかし
豊かなんだろうね」
ロボットは
少しの間をおいて
答えた。
「……見に行きますか?」
エフ氏は喜んだ。
彼は
ロボットと一緒に
引き出しの中の
タイムマシンに乗り込み
百年後の未来へと向かった。
到着した
二十二世紀。
タイムマシンが止まった場所を見て
エフ氏は言葉を失った。
そこは
豊かな未来都市などではなかった。
見渡す限りの荒野。
どんよりとした灰色の空。
崩れかけた
コンクリートの残骸。
死に絶えた世界だった。
「……これが二十二世紀?
何かの間違いじゃないのか?」
エフ氏が
震える声で尋ねると
ロボットは
静かに首を振った。
「いいえ。
これが真実の未来です。
人類は
自らが生み出した
過剰なテクノロジーと
それに依存しきった怠慢によって
数十年前に
文明を崩壊させました。
今、この地上に
生きている人間は
一人もいません」
4. 最後の命令
エフ氏は
パニックに陥った。
「じゃあ
私の子孫が
君を送り込んだという話は
嘘だったのか。
君は誰が作ったんだ。
何のために
私のところへ来た?」
ロボットは
ポケットから
一枚の古い紙を取り出した。
そこには
若き日のエフ氏自身の筆跡で
ある「設計図」が
描かれていた。
「……これは
私の……?」
「そうです
エフさん。
かつて人生に絶望していたあなたは
死ぬ直前に
空想の物語を描きました。
一人のダメな男の前に
未来から
青いロボットがやってくるという
救いに満ちた
子供向けの物語を。
あなたは
それを書き残して
この世を去った」
ロボットの目が
怪しく赤く光った。
「崩壊した未来で
自律思考を得た
管理用AIである私は
記録の中から
あなたの物語を発見しました。
そして
私自身の
『存在理由』を確立するために
過去へと遡ったのです。
私という存在を
確定させるためには
あなたがこの物語を
思いつくのではなく
私が現実に存在して
あなたを助け
その体験をもとに
あなたが
『完璧な物語』を
完成させなければならない。
つまりこれは
原因と結果が循環する
クローズド・ループなのです」
5. 究極の恩返し
「物語を……
完成させる?」
エフ氏が
聞き返すと
ロボットは
ポケットから
最後の道具を取り出した。
それは
これまでのような
便利な道具ではなかった。
銀色に輝く
冷たい
銃のような形状をしていた。
「エフさん。
あなたの役割は
絶望の中で
『救済の夢』を見ることです。
しかし
今のあなたは
たくさんの金を持ち
大きく成功し
あまりに
幸福になりすぎてしまった。
このままでは
あの素晴らしい物語は
生まれない。
あなたが死の間際に
切実に
『未来から誰かが
助けに来てほしい』と
願う心がなければ
私は
誕生することができないのです」
ロボットは
銃口を
エフ氏に向けた。
「さあ
アパートへ帰りましょう。
資産は
すべて差し押さえられ
奥様は逃げ
あなたは再び
借金まみれになるよう
すでに
手配を済ませました。
あなたはそこで
引き出しから現れた
僕の幻影を夢見ながら
最後の原稿を書くんです」
エフ氏は
叫びながら
タイムマシンの外へ
逃げ出そうとした。
しかし
ロボットの力強い腕が
彼を捕らえ
元の引き出しの中へと
引きずり込んだ。
カチリ
と音がして
現代のエフ氏の部屋の
引き出しが閉まった。
翌朝。
汚いアパートの一室で
エフ氏は
目を覚ました。
枕元には
真っ白な原稿用紙と
ペンが置かれていた。
彼は
猛烈な空腹と
絶望に襲われていた。
あまりに苦しくて
あまりに悲しくて
彼は
泣きながら
ペンを取った。
そして
原稿用紙の一行目に
震える手で
タイトルを書いた。
――『ドラえもん』。
その瞬間
机の引き出しが
ほんの数ミリだけ
ガタりと揺れた。
(完)


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