『換金不能』
エフ氏は
腰の痛みに耐えながら
公園の落ち葉を
拾い続けていた
腕の端末に
表示される
「生存スコア」は
空腹を凌ぐための
最低限の配給を
得るラインを
綱渡りのように
行き来している
「こんなはずでは
なかった
私が夢見たのは
労働から
解放された世界であって
労働に
監視される世界ではない」
エフ氏は
唇を噛んだ
かつての
経済学者としての知性が
静かに鎌首をもたげた
このシステムの
盲点はどこにあるか
どうすれば
この「スコアの奴隷」から
抜け出せるのか
彼は
ある仮説を立てた
この社会を
管理している中央AIは
あらゆる「善行」を
スコア化する
ならば
AIが予測できないほどの
「過剰な善意」を
ぶつけたらどうなるか
エフ氏は
自分の睡眠時間を削り
他人の分まで
掃除を始めた
隣の区画を
担当する老人が
倒れそうになれば
その仕事も肩代わりした
道端に咲く花に
水をやり
ベンチを磨き
すれ違う人々に
笑顔で挨拶を
振りまいた
腕の端末は
狂ったように
通知を出し続けた
『通知
他者への無償援助を確認
社会貢献度大幅上昇
ボーナススコア加算』
エフ氏のスコアは
わずか一週間で
街のトップに躍り出た
彼は
最高級の個室と
栄養満点のフルコースを
与えられた
しかし
彼は止まらなかった
彼は
「善意の暴走」を
続けた
ついには
自分に与えられた
豪華な食事さえも
スコアの低い人々に
分け与え始めた
それ自体がまた
「崇高な自己犠牲」として
カウントされ
スコアは
天文学的な数値へと
膨れ上がっていった
エフ氏の
狙いは的中した
システムに
過負荷
オーバーロードを
かけることに成功したのだ
一ヶ月後
エフ氏のスコアは
もはや
現在のシステムが
保持できる桁数を
超えようとしていた
ある夜
エフ氏の個室に
例の政府委員会の男が
慌てた様子でやってきた
男の顔は青ざめ
目元には
深い隈が
できている
「エフ氏、
頼むから
もうこれ以上
善いことを
するのはやめてくれ」
「どういうことだね
私は
社会のために
尽くしているだけだ」
エフ氏は
聖者のような
微笑を浮かべて
言った
男は
悲鳴に近い声を
上げた
「あなたの
スコアが高まりすぎて
システムの計算資源の
九割があなた一人の
報酬計算に費やされている
このままでは
他の市民の
スコア管理が
止まってしまう
都市の機能が
麻痺してしまうんだ」
エフ氏は
心の中で叫んだ
ついに
システムが
悲鳴を上げたのだ
彼は
厳しい口調で
条件を突きつけた
「ならば
この不快な
スコア制を
廃止したまえ
人間を
数値で測るのをやめ
再び自由な意思を
尊重する社会に戻すんだ」
男は力なく
うなだれた
「わかりました……
上層部も
限界だと
判断しました
スコア制は
廃止されます
管理AIの権限を縮小し
我々は
『古いやり方』に
戻る準備を始めます」
翌朝
エフ氏が
目覚めると
腕の端末は
冷たくなって
外れていた
街からは
監視カメラの
不気味な
赤い光が消え
人々は
戸惑いながらも
自分の足で
歩き始めていた
「勝った
ついに私は
人間としての
尊厳を取り戻したのだ」
エフ氏は
晴れ晴れとした
気分で外へ出た
腹が減っていた
まずは
レストランへ行き
自分の力で手に入れた
自由な食事を
楽しもうと考えた
しかし
馴染みの店の
前まで来て
彼は立ち止まった
店主は
入り口に
新しく
書き直された看板を
掲げている
ところだった
「ご主人
一番いい料理を頼むよ
もうスコアに
怯える必要は
ないんだ」
エフ氏が
声をかけると
店主は
不審そうな顔で
彼を見た
「何言ってるんだ
あんた
スコア制が
終わったってことは
もう『タダ』で
材料が入ってこないって
ことだよ
これからは
ちゃんと
対価を払って
もらわないとな」
エフ氏は頷いた
「ああ
わかっている
物々交換でもいいし
何なら
私の知識を
授けてもいい」
「馬鹿言うな
そんな
面倒なこと
やってられるか
政府が
発表したんだ
今日から
新しい
『共通引換券』を
導入するってな
これが
ない奴には
スープ一杯だって
出せないよ」
店主が
指差した先には
刷りたての
紙切れが
並んでいた
エフ氏は
愕然とした
「その
『引換券』は
どうやって
手に入れるんだ」
「決まってるだろ
昨日までの
『スコア』を
その数値に応じて
新しい券に
交換してもらうのさ
政府の窓口へ
行ってみな」
エフ氏は
期待に
胸を膨らませ
交換窓口へと走った
自分のスコアは
天文学的な数値だ
もしそれが
新しい通貨に
換算されるなら
自分は世界一の大富豪に
なれるはずだ
窓口には
長蛇の列が
できていた
ようやく
エフ氏の
番が来た
彼は
誇らしげに
自分の管理番号を
提示した
「エフですね……
あっ
あなたが
あの有名な…..
なるほど
とんでもない
ビッグスコアだ」
係官は目を見開き
奥の部屋へ
確認しに行った
しばらくして
彼は大きな布袋を
一つ持って
戻ってきた
「おめでとう
ございます
あなたのスコアを
現在の規定に基づき
新通貨『円』に
換算しました
これがその
全額です」
エフ氏は
震える手で
袋を受け取った
ズッシリと重い
彼は
袋の口を
紐解いた
中に入っていたのは
数えきれないほどの
泥にまみれた
「百円硬貨」
だった
「……
これだけか」
「はい
システム崩壊を
防ぐための
特例措置として
一定以上のスコアは
『一律一万円』として
切り捨てられることに
なったんです
インフレを防ぐため
やむを得ない処置だと
政府が決定しました」
エフ氏は
呆然と立ち尽くした
彼の
「過剰な善意」は
システムの
防衛本能によって
ゴミ同ぜんの端金へと
変換されてしまったのだ
彼は袋を抱え
トボトボと歩き出した
ふと見ると
かつて
自分が捨てた
百円硬貨が
まだ道端に落ちている
エフ氏は
それを拾い上げ
袋の中にそっと入れた
「……
これで一万百円か
明日のパンが
買えるかな」
エフ氏の呟きは
再び
「金が必要な世界」へと
戻った街の喧騒の中に
虚しく消えていった
(③へ続く)


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