『魂の周波数』
その街では
空前のスピリチュアル・ブームが
巻き起こっていた。
人々は科学の冷たさに
飽き足らなくなり
目に見えない「魂の救済」を
求めていたのだ。
エフ氏もまた
その熱狂の中に
身を置く一人だった。
エフ氏は善良な市民だったが
最近はどうにも運が悪い。
仕事では些細なミスが続き
体調もすぐれない。
そんな時
知人に紹介されたのが
「魂の共鳴研究所」という
最新鋭の設備を備えた
怪しげな施設だった。
「ようこそ、エフ氏。
あなたの魂は
少々調律が狂っているようですな」
白衣を着た所長は
いかにも科学者らしい
冷静な口調で言った。
部屋には怪しげな水晶玉などはなく
代わりに巨大なコンピューターと
銀色のヘルメットが置かれていた。
「調律、ですか?」
「ええ。
最新の量子力学によれば
魂とは特定の周波数を持つ
エネルギー体に過ぎません。
あなたの不運は
周囲の環境とあなたの周波数が
不協和音を起こしているからなのです」
所長の説明は
エフ氏のような論理的な人間を
納得させるに十分な
響きを持っていた。
所長が言うには
この「魂の調律機」を使えば
個人の魂の周波数を
「幸運を引き寄せる帯域」へ
強制的にシフトできるのだという。
エフ氏は半信半疑ながらも
高額な費用を払って
装置を試すことにした。
銀色のヘルメットを被せられ
スイッチが入る。
耳の奥で
微かなバズ音が響き
脳が震えるような感覚があった。
「終わりましたよ。
これであなたの魂は
『幸福の周波数』に固定されました」
驚くべきことに
効果はすぐに現れた。
翌日
エフ氏が街に出ると
すべてが思い通りに進んだ。
混雑したレストランでは
彼が到着した瞬間に
最高の窓際席が空いた。
仕事では
適当に書いた企画書が
「天才的だ」と絶賛された。
宝くじを買えば
面白いように小銭が当たった。
エフ氏は有頂天になった。
「やはり
魂は科学的に
操作できるものだったんだ」
彼は研究所に通い詰め
さらなる「高次元の調律」を求めた。
所長はにこやかに応じ
そのたびにエフ氏は
多額の寄付を積み上げた。
エフ氏の周囲には
同じように「調律」を受けた
幸福そうな人々が集まり
彼らは互いに
見えないオーラを褒め合った。
しかし
ある日
エフ氏は奇妙なことに気づいた。
鏡の中の自分の顔が
どこか平坦に見えるのだ。
喜びは感じるが
それはまるで
録音された拍手喝采を
聴いているような
奥行きのない感情だった。
怒りや悲しみといった感情は
ノイズキャンセリング機能のように
綺麗に消し去られていた。
「所長
少し幸福すぎて
不気味なんです。
時々は
少しの不安や
人間らしい悩みが
欲しくなることもあるのですが……」
相談に訪れたエフ氏に対し
所長は冷徹な微笑を浮かべた。
「エフ氏、
それは贅沢というものです。
完璧な調律には
雑音は不要なのですから」
その帰り道だった。
エフ氏は道路を渡ろうとして
猛スピードで突っ込んできた
トラックに気づかなかった。
いや
視界には入っていたのだが
「自分は調律されているから大丈夫」という
根拠のない多幸感が
回避行動を遅らせたのだ。
激しい衝突音が響き
エフ氏の体は
宙を舞った。
……次に目が覚めたとき
エフ氏は
真っ白な空間にいた。
痛みはない。
体も軽い。
目の前には
あの研究所の所長が
今度は白衣ではなく
神々しい金色のローブを纏って
立っていた。
「おめでとうございます
エフ氏。
無事に手続きが完了しました」
「ここは……天国ですか?
私は死んだのですか?」
「死?
いえいえ
そんな古臭い概念は
捨てなさい。
あなたは
『出荷』されたのです」
所長が指差す先を見ると
そこには
巨大な透明の円筒が
並んでいた。
それぞれの円筒の中には
エフ氏と同じように
幸福そうな笑みを浮かべたまま
固まっている人々の「魂」が
淡い光を放ちながら
貯蔵されていた。
「スピリチュアル・ブームは
我々が仕掛けた
効率的な収穫システムなのですよ」
所長は
エフ氏の透き通った体を
手慣れた手つきで摘み上げた。
「苦悩や絶望にまみれた魂は
味が苦くて
家畜の餌にもならない。
しかし
適度な快楽と
科学的な調律を与え
純粋な『幸福感』だけで
満たされた魂は
我々高度文明生物にとって
最高のデザートになるのです」
エフ氏は叫ぼうとしたが
声が出なかった。
彼の魂からは
恐怖という雑音が
すでに除去されていた。
彼はただ
自分が「極上の甘口」に
仕上がったことを
誇らしく思うような
強制された幸福感の中で
静かに円筒の中へと
詰められた。
研究所の受付では
今日も新しい客が
「救い」を求めて
並んでいる。
入口の看板には
こう書かれていた。
『あなたの魂を
最高に美味しく——
もとい
美しく仕上げます』
(つづく)


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