食べる者の神

「食べる者の神」

上位存在と呼ばれていた彼らには
名前がなかった。

正確には
名前という概念を
必要としなかった。

彼らはもともと
「問い続ける種族」だった。

宇宙とは何か
存在とは何か
自分とは何か。

その問いの連鎖によって
彼らの文明は
爆発的に進化した。

だが
それらの問いは
進化と引き換えに
彼らを摩耗させた。

考え続けることは
痛みだった。

やがて彼らは
発見した。

問いを
外部化できることを。

地球は
そのための
最適な装置だった。

問い
葛藤
矛盾
未整理の感情。

それらを
「魂」という形で
培養し
不要な部分だけを
削ぎ落とし
甘さだけを
抽出する。

それが幸福食。

だが
不完全食は
違った。

それは
問いを
含んでいた。

最初に
不完全食を
口にした上位存在は
評議会の一員だった。

一口。

次の瞬間
彼は硬直した。

体ではない。
思考がだ。

「……なぜ
私は満たされたいのだ?」

その問いは
彼自身の中で
何十万年ぶりに
発生した
自発的な疑問だった。

幸福は
即座に腐敗した。

甘さは苦味へ変わり
確信は揺らぎへと
反転した。

連鎖は
止まらなかった。

一つの問いは
別の問いを
呼び起こす。

「なぜ我々は
問いを嫌った?」

「なぜ他者の魂を
食べていた?」

「なぜ
考えることをやめた?」

評議会は崩壊した。

彼らは
再び
思考を始めてしまったのだ。

思考は
彼らにとって毒だった。

筋肉が退化した体で
重力に耐えられないように
問いを処理する構造を
失っていた。

数日後
上位存在の都市では
異変が連続した。

判断不能
意思決定停止
自己定義エラー。

存在そのものが
「分からない」という
状態に耐えられなかった。

エフ氏は
その様子を
静かに観測していた。

彼はもう
自己暗示装置を
使っていなかった。

胸の奥に
疼く違和感は
今やはっきりした
輪郭を持っていた。

それは問いだった。

最後に
評議会から
通信が届いた。

「エフ調査官……
なぜこんなものを……」

エフ氏は
少しだけ
考えてから答えた。

「それが
本来の味だったからです」

通信は途絶えた。

上位存在たちは
幸福ではいられなくなった。

だが
それは
滅びではなかった。

再び
考え始めただけだった。

地球では
今日も
誰かが立ち止まり
空を見上げる。

理由は分からない。

だが
その一瞬の問いこそが
この宇宙で
最も消費しきれない
栄養だった。

(完)

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