-行ってきますの魔法-
結婚して十年。
共働きの私たちは、朝の時間は戦場のようだった。
「ねえ、燃えるゴミ出した?」
「あ、忘れてた!」
そんな会話ばかりで、顔を見る暇もない。
ある日、テレビで
「家を出る前のハグは幸福度を上げる」という話を見た。
翌朝、玄関で靴を履く彼を、私は後ろから抱きしめた。
「……何、急に」
彼は驚いていたけれど、その耳が少し赤くなっているのを私は見逃さなかった。
それから毎日、私たちは玄関で必ず一度だけ手を握るようになった。
不思議なことに、仕事で嫌なことがあっても、その手の感触を思い出すだけで少しだけ優しくなれる。
「行ってきます」の言葉に、二人だけの小さな魔法がかかるようになった。
(完)


コメント