効率的な救済

『効率的な救済』

エフ氏は、実に現代的な男だった。
無駄を嫌い、効率を愛し、すべてを合理的に処理することに喜びを感じていた。

彼の住む社会もまた、そうした価値観を共有していた。
食事は完全栄養カプセルで三秒で済み、移動は転送装置で一瞬だ。
睡眠ですら、脳波調整枕によって二時間で八時間分の休息が得られるようになっていた。

しかし、そんな高度に発達した社会において
いまだに解決されていない非効率な分野があった。

宗教である。

人々は、死への恐怖や人生の不条理に対する不安を
完全に拭い去ることはできていなかった。

科学が万能になればなるほど
科学で説明できない「運」や「魂」といった概念に
人々はより一層すがりつきたくなるものらしい。

だが、祈る時間がない。

教会や寺院に足を運び
長い説法を聞き
香を焚き
膝をついて祈りを捧げる。

そんな悠長な時間は
この多忙な現代人には残されていなかったのだ。

そこに目をつけたのが
エフ氏の友人であるアール博士だった。

「いいかい、エフ君。これは革命だよ」

博士は研究室の机の上に
手のひらサイズの銀色の箱を置いた。

表面には小さなランプが一つと
ダイヤルがいくつか付いているだけの
シンプルな装置だ。

「これは?」
「『全自動祈祷機』だ」

博士は誇らしげに胸を張った。

「仕組みはこうだ。
この装置の中には、古今東西あらゆる宗教の経典
祈りの言葉、マントラ、祝詞がデータとして保存されている。

そして、高性能な演算処理装置が
二十四時間休むことなく
それらを高速で『唱え』続けるんだ」

「唱える?」
「電子信号として天に向かって発信するんだよ。

人間の口で唱える速度の数千倍
いや数万倍のスピードでね。

ダイヤルを回せば
仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教……
好きな宗派を選べるし
『全宗派混合モード』にすれば
あらゆる神々へ同時にアクセスできる」

エフ氏は感心して
その箱を手に取った。

「なるほど。
人間が一生かかっても唱えきれない回数の祈りを
これなら一日で達成できるわけか」

「その通り。
徳の積み立てが桁違いなのだよ。

これをポケットに入れておくだけで、
君は歩く聖人になれる」

この商品は、爆発的に売れた。

なにしろ便利である。

スイッチを入れておけば
仕事をしている間も
遊んでいる間も
寝ている間さえも
機械が自分の代わりに熱心に祈ってくれるのだ。

人々は競って
最新モデルを買い求めた。

より高速なCPUを搭載したモデル、
ノイズキャンセリング機能で
純度の高い祈りを捧げるモデル、
衛星回線を使って
大気圏外から直接神の領域へ
祈りを飛ばすハイエンドモデル。

それらが次々と発売された。

社会には
奇妙な平穏が訪れた。

誰もが
「自分は莫大な祈りを捧げている」
という自信を持ったため
精神的に余裕ができたのだ。

些細なトラブルが起きても

「まあいい。
私の全自動祈祷機が
今この瞬間も一万回の慈悲の祈りを捧げているのだから
これくらいの不運は帳消しになる」

と、寛大になれた。

街からは、
宗教的な対立も消えた。

なにしろ、
スイッチ一つで宗派を切り替えられるのだ。

朝はキリスト教徒として目覚め、
昼食時は仏教徒として過ごし、
夜は神道の信者として眠る。

そんなハイブリッドな信仰生活が当たり前になり
原理主義的な争いは
無意味なものとなった。

エフ氏もまた、
最新型の
『祈祷機・極(きわみ)』
を購入し、
満足な日々を送っていた。

ある夜、
彼は自宅のリビングでくつろぎながら
アール博士と通信スクリーン越しに
酒を飲んでいた。

「感謝するよ、博士。
おかげで最近
何をやってもうまくいく気がする。
これが御利益というやつかな」

「それはよかった。
実はね、
さらにすごい新製品を開発中なんだ」

「まだ進化するのか?」
「ああ。

今度はAIを搭載して
個人の罪や悩みに合わせて
最適な祈りの文句を自動生成する機能をつける予定だ。

神様だって
定型文ばかり送られてきたら
飽きるだろうからね」

二人が笑い合った、
その時だった。

部屋の照明が、
フッと暗くなり、
窓の外が、
昼間のように明るく輝いた。

エフ氏が慌てて窓に駆け寄ると、
夜空全体が、
黄金色に発光しているのが見えた。

「なんだ、あれは!」

博士の声も震えている。

「エネルギー反応が測定不能だ……
まさか、これは……」

黄金の光の中から
荘厳な声が響き渡った。

それは耳ではなく
人々の脳内に直接語りかけてくるような
響きを持っていた。

『地上の者たちよ』

エフ氏は
思わず膝をついた。

これは間違いなく
人類が長年追い求めてきた
「彼ら」――
神、あるいは高次元の存在からの
コンタクトだ。

『我々は
お前たちの熱心な祈りを受け取った』

声は穏やかだが、
威厳に満ちていた。

『かつて、
地上からの祈りはまばらで、
弱々しいものだった。

しかし近年、
お前たちの星から送られてくる祈りの量は、
爆発的に増大した。

その熱意
その執念たるや
全宇宙でも類を見ないほどである。

我々のサーバーが
パンクしかけるほどにな』

エフ氏は、
博士と顔を見合わせた。

全自動祈祷機の成果だ。
機械による超高速祈願が
ついに天の扉を
こじ開けたのだ。

声は続けた。

『お前たちの願いは
平和、健康、繁栄
そして救済。

その膨大なリクエストに対し
我々も誠意を持って
応えねばならないと判断した』

「やったぞ!」
エフ氏は叫んだ。

「ついに我々は救われるんだ!
願いが叶うんだ!」

世界中の人々が歓喜し
天を仰いだ。

機械に頼ったとはいえ
信仰心が報われる瞬間が
来たのだ。

『しかし』

天の声は
事務的なトーンへと変わった。

『あまりにも祈りの量が膨大すぎる。

我々神々の手作業では
一件ずつ審査し
奇跡を起こし
祝福を与える処理が
到底追いつかないことが判明した』

エフ氏の笑顔が
凍りついた

雲行きが
怪しい。

『よって
我々も効率化を図ることにした』

黄金の光が強まり
空から無数の小さな光の粒が
降ってきた。

それは雪のように
地上へ降り注ぎ
それぞれの家の屋根や
人々の肩に
静かに積もっていった。

エフ氏の家の庭にも
光の粒が降り積もった。

彼は恐る恐る窓を開け
その光る物体を
手に取ってみた。

それは
光でできた
小さなカードのようなものだった。

『お前たちの祈祷機に対応する、
我々の新システムだ』

天の声が説明する。

『それは
「全自動祝福機」
である。

そのカードを
お前たちの祈祷機にかざしたまえ。

そうすれば
祈りの量に応じて
自動的に
「徳ポイント」が換算され
デジタルデータとしての
「救済完了通知」が
即座に発行される』

エフ氏は
呆然とカードを見つめた。

『これからは
いちいち空を見上げる必要はない。

機械と機械を接続しておけば
お前たちが寝ている間も
遊んでいる間も
こちらの機械が
自動的に祝福を送り続ける。

お互い
そのほうが楽であろう?』

黄金の光は
徐々に薄れ
空は元の暗闇へと
戻っていった。

『では、励みたまえ。
我々も忙しいのでな』

最後にそう言い残し
気配は完全に
消えた。

静寂が戻った部屋で
エフ氏のポケットの中で
全自動祈祷機が
「ピピピ」と電子音を立てた。

先ほどの光るカードを、
近づけてみる。

すると、
液晶画面に、
文字が流れた。

『受信確認:
祝福コード009872……完了。
あなたの罪は赦されました。
次回の赦しまで
あと0.05秒』

エフ氏は
手の中の銀色の箱と
光るカードを
交互に見た

機械が祈り
機械がそれを聞き届け
機械が許しを与える。

そこにはもう
人間の入る隙間は
どこにもなかった。

「……博士」

エフ氏は
スクリーンに向かって
力なく呟いた。

「我々はこれから
何をすればいいんだろうか」

博士は肩をすくめ
苦笑いを浮かべて答えた。

「とりあえず
その機械のバッテリーが切れないように、
見張ることくらいかな。

ほら、
神様との通信が途切れたら
地獄行きになるかもしれないからね」

エフ氏はため息をつき
予備の電池を探すために
引き出しを開けた。

窓の外では
誰もいない教会が
月明かりに照らされて
ひっそりと佇んでいた。

(完)

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 恐ろしい
    近未来、現実になりかねないお話ですね。
    この話が書けるオレンジャーさんにも驚きです。
    人間が心を失っては終わりです。
    人間として生まれた意味、どう生きるのか、
    このままでは、大切なことが失われるかもしれませんね。

    • コメントありがとうございます!
      実際にこのような機械が現実に出現しているので、その先の未来を想定して物語にしてみました。
      時間のあるときに、こうしたお話を少しずつ公開していきますので、どうぞよろしくお願いします。

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