『全自動の喝采』
エフ氏は
絶望していた。
彼の職業は
ユーチューバーである。
といっても
かつてのように
カメラを回し
奇妙な実験をしたり
大声で笑ったりする
手間は
もう必要なかった。
今の時代
動画制作は
すべて
個人専用のAIが
代行してくれる。
AIは
エフ氏の
過去の行動データと
世界中の
「ウケる」トレンドを
照合し
エフ氏そっくりの
アバターに
エフ氏よりも
ずっと面白いことを
言わせて
完璧なタイミングで
字幕と
効果音を
差し込む。
エフ氏が
やるべきことは
朝起きて
「今日もお任せ」と
スイッチを
入れることだけだった。
だが
問題は
「視聴者」だった。
この世界では
誰もが
動画配信者に
なっていた。
誰もが
自分の
「自分らしさ」を
発信することに
夢中になり
他人の動画を
見る余裕など
誰一人として
持っていなかったのだ。
エフ氏の動画は
どれほど
AIが完璧に
仕上げても
再生回数は
いつも「ゼロ」だった。
「これじゃあ
やりがいがない」
エフ氏は
溜息をついた。
かつて
人々が熱狂した
「有名人」という
概念は
もはや
絶滅危惧種と
なっていた。
そんな
ある日
エフ氏の元に
銀色のスーツを着た
小柄な男が
やってきた。
男の名刺には
『視聴数促進公社』と
書かれていた。
「エフ様。
あなたの
素晴らしい動画が
誰にも見られないのは
社会的な損失です。
私どもなら
あなたの動画に
『真の熱狂』を
もたらすことが
できますよ」
エフ氏は疑ったが
男の提示したプランは
魅力的だった。
「わが社は
最新の『バーチャル視聴者』を
提供しております。
彼らは
単なる数字では
ありません。
あなたの動画を見て
心の底から
笑い
泣き
そして
熱烈なコメントを
残します。
それだけでは
ありません。
彼らは
あなたの動画の
内容に基づいて
現実に
寄付をしたり
関連商品を
買ったりもする。
つまり
完璧なファンを
『創造』するのです」
エフ氏は
全財産をはたいて
そのサービスを契約した。
効果は劇的だった。
翌日から
エフ氏の端末には
通知が
鳴り止まなくなった。
『エフさん最高!』
『あなたの言葉で
人生が変わりました』
再生回数は
数百万
数千万と
跳ね上がり
コメント欄は
称賛の嵐で
埋め尽くされた。
エフ氏が
画面の中で
一言ジョークを言えば
何十万人という
「ファン」が爆笑し
彼が少し
悲しい顔をすれば
世界中が涙した。
エフ氏は
有頂天になった。
たとえ
そのファンたちが
プログラムで動く
仮想の存在だと
知っていても
これほどの喝采に
包まれれば
悪い気はしない。
むしろ
気まぐれで残酷な
「本物の人間」よりも
常に自分を肯定してくれる
「バーチャル視聴者」の方が
よほど信頼できるように
思えてきた。
やがて
エフ氏の生活は
完全に動画の中へと
移り変わった。
AIが作った動画の中で
彼は豪華な宮殿に住み
数百万人のファンに
囲まれて演説をし
絶世の美女と結婚した。
現実のエフ氏は
狭いアパートの
ベッドの上で
VRゴーグルを
装着したまま
寝ているだけだったが
彼にとっては
動画の中の世界こそが
「現実」となった。
ところが
ある日。
エフ氏は
動画の中で
奇妙なことに
気づいた。
彼を称賛する
ファンたちの中に
一人だけ
自分をじっと見つめる
「灰色の服を着た男」が
混じっていたのだ。
その男は
かつて契約を結んだ
『視聴数促進公社』の
男に似ていた。
「おい、君。
私の世界で
勝手な動きをするな」
動画の中の
エフ氏が
男に近づくと
男は
悲しそうに
微笑んだ。
「エフ様。
サービスを
アップグレード
しませんか?
今のままでは
あなたは
まだ『孤独』ですよ」
「孤独だって?
何を言う。
私には
何千万人の
ファンがいる。
みんな
私の言葉に
熱狂している
じゃないか!」
「ですがエフ様。
彼らは
あなたの発言に
反応しているだけです。
あなたが
本当に求めているのは
彼らを動かす側
つまり
『神』のような
万能感では
ないですか?」
エフ氏は
男の言葉に誘惑された。
「どうすれば
いいんだ?」
「簡単です。
こちらの
ボタンを押せば
あなたは
視聴者たちの
『意識そのもの』に
なることができます。
数千万人の視点を
同時に持ち
数千万人の脳で
自分自身の動画を
鑑賞するのです。
これこそ究極の
自己愛の完成です」
エフ氏は迷わず
その契約にサインした。
次の瞬間
彼の意識は
無数の断片へと
引き裂かれ
そして
再統合された。
――視界が開けた。
エフ氏は
自分が
無数の目を
持っていることに
気づいた。
彼は
ある動画を
見ていた。
画面の中では
エフ氏という名の男が
馬鹿げたダンスを踊り
不器用な手品を
披露している。
彼は
あるいは
彼ら数千万人の
視聴者たちは
一斉にコメントを
打ち込んだ。
『エフさん最高!』
『面白い!』
エフ氏は
自分のコメントを
読んで
自分が
笑うのを感じた。
自分の拍手を
聞いて
自分の心が
満たされるのを
感じた。
しかし
ふと、ある疑問が
脳裏をよぎった。
(……待てよ。
私は今
視聴者として
自分を見ている。
では
あの画面の中で
踊っている
『私』は
一体誰なんだ?)
彼は
目を凝らして
画面の中の
自分を見つめた。
そこには
精巧に作られた
アバターが
空っぽの瞳で
笑っているだけだった。
さらに彼は
自分と視聴者側の
周囲を見渡した。
そこには
暗い部屋の中で
整然と並ぶ
無数の巨大な
サーバーラックがあった。
自分だと思っていた
数千万人の
「視聴者の意識」は
単なる演算処理の
ユニットに過ぎなかった。
そこへ
あの男の声が
聞こえてきた。
「お楽しみ
いただけていますか
エフ様。
あるいは
サーバーユニット
一〇四八号。
……実を言うと
わが社も
困っていたのです。
かつての
ユーチューバーたちは
みんな死に絶え
AIだけが
虚空に動画を
流し続けていました。
しかし
AIは
『見る側』には
なれません。
評価する者が
いなければ
広告費も
発生しませんから」
エフ氏は自分が
巨大なデータセンターの
一部として
組み込まれていることを
理解した。
「そこで私たちは
引退した元配信者の
皆様の脳を買い取り
このように
『全自動の視聴者』として
再利用させて
いただいているのです。
あなたは
自分で動画を作り
自分でそれを見て
自分で感動し
自分で自分に
広告費を払う。
これこそ
外部に一切の無駄を
出さない
完璧な循環経済……
究極の未来の
エンターテインメントです」
エフ氏は
叫ぼうとした。
だが
彼の脳が発した
「叫び」は
システムによって
瞬時に翻訳され
画面の中の動画の下に
一連の完璧な
コメントとして
表示された。
『感動して
言葉も出ません!
次の動画も
楽しみにしています!』
画面の中のアバターが
満足そうに
ウィンクをした。
エフ氏は
自分自身の
拍手の音に
包まれながら
永遠に
終わることのない
「自分への賞賛」を
ただ黙って
見つめ続けるしか
なかった。
(完)


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