『純化の果て』
1.魂の洗濯屋
エフ氏は
都会の喧騒と
複雑な人間関係に
疲れ果てていた。
仕事のノルマ
SNSでの誹謗中傷
そして
将来への
漠然とした不安。
現代社会は
エフ氏のような
繊細な人間が生きるには
あまりに
毒素が多すぎた。
「もっと清らかな
魂が洗われるような
世界へ行きたい」
そんな彼の前に
ある日
風変わりな店が
現れた。
『スピリチュアル・クリーニング・センター』
という看板が掲げられたその店は
路地裏でひっそりと
しかし
不思議な後光を
放っていた。
店内にいたのは
白い麻の服を纏った
穏やかな微笑みを
浮かべる男だった。
「ようこそエフ様
ここは
あなたの魂に付着した
『汚れ』を取り除き
波動を最高位まで
高める場所です」
エフ氏は
半信半疑だった。
「波動?
そんなものが本当に
このストレスフルな現実を
変えてくれるのかね」
「もちろんです
不運も
病気も
貧困も
すべては
あなたの魂が放つ
周波数の乱れから
来るもの。
当センターの
『波動純化装置』を使えば
一瞬で
あなたは
宇宙の真理と調和し
幸福の極致へと
至ることができます」
2.驚異の純化装置
エフ氏は
試しに一度
その装置とやらに
かかってみることにした。
装置といっても
それは
透明なカプセルのようなもので
中に座って
瞑想するだけだった。
スイッチが
入れられると
心地よい音楽と共に
なんとも言えない
芳香が漂い
エフ氏の全身を
柔らかな光が
包み込んだ。
数分後
カプセルから出た
エフ氏は
驚きに
目を見開いた。
視界が
驚くほど
クリアになっていた。
あんなに重かった肩が
嘘のように軽く
頭の中からは
一切の雑念が
消えていた。
「これはすごい!
世界が輝いて見えるぞ」
それからのエフ氏は
この店に通い詰めた。
通うたびに
彼の「波動」は高まり
比例するように
彼の人生からは
「不純なもの」が
排除されていった。
まず、彼は
怒りや憎しみといった
感情を忘れた。
上司に叱責されても
「この人も宇宙の一部だ」
と微笑むことができた。
次に
物欲が消えた。
美味しい食事も
高価な服も
魂の輝きに比べれば
無意味な塵に
思えた。
3.ステージの昇格
数ヶ月後
エフ氏は
再び
店主の元を訪れた。
「先生
もっと上が
あるはずです。
私はもっと
純粋な光そのものに
なりたい」
店主は
少し
困ったような顔をしたが
やがて頷いた。
「エフ様
これより上のステージは
『完全純化』と呼ばれます。
そこに至れば
もはや
この三次元世界の
物理的制約さえも
超えることに
なるでしょう。
ただし
それには
あなたの全財産
そして
この世への未練を
すべて捨て去る覚悟が
必要です」
「構いません。
この汚れた現実世界に
未練など一欠片も
ありません」
エフ氏は迷わず
すべての資産を
店に寄付し
身一つで
装置に乗り込んだ。
装置が稼働すると
これまでにない
強烈な光が
エフ氏を貫いた。
彼の意識は拡大し
宇宙の果てまで
広がっていくような感覚に
包まれた。
「私」という
個の境界が消え
万物と溶け合っていく。
「ああ
ついに至った……。
私は
純粋なエネルギーに
なったのだ……」
4.虚無の空間
光が収まったとき
エフ氏は
真っ白な空間にいた。
そこには
音もなく
匂いもなく
温度さえも
感じられない。
ただ
果てしない白が
あるだけだった。
エフ氏は
自分の体を
見ようとしたが
手も足もなかった。
彼はただの
「意識の点」と
なっていた。
「ここはどこだ?
宇宙の源か?
救済の地なのか?」
エフ氏が念じると
空間に
無機質な声が響いた。
『管理番号108号
純化プロセス
完了しました』
エフ氏の前に
モニターのようなものが
現れた。
そこには
先ほどの店主が
白装束を脱ぎ捨て
派手なスーツに着替え
誰かと電話をしている姿が
映し出されていた。
「ああ、今日で
今月の108体目
完了だよ。
今回のは
特に質が良かった。
執着心が
完全に消えて
ノイズがゼロだ。
……ええ
すぐに
『洗浄済みコア』として
出荷します」
エフ氏は
戦慄した。
「出荷?
一体何を
言っているんだ?」
5.価値ある資源
店主は電話を切ると
こちら、つまり
エフ氏という
「意識」が閉じ込められている
小さな容器を
愛おしそうに撫でた。
「エフさん
聞こえるかい?
感謝しているよ。
君はついに
この世で
最も価値のある
『資源』になったんだ」
店主が
壁のスイッチを押すと
エフ氏の視界が
切り替わった。
そこは
巨大な工場の
内部だった。
数千
数万という
エフ氏と同じ
「魂の容器」が
整然と機械に
組み込まれている。
「君たちはもう
悩むことも
苦しむこともない。
君たちの
その清らかな
『純粋意識』は
摩擦係数がゼロで
どんな計算ミスも起こさない
究極の……
コンピューター用演算素子
(チップ)として
わが社の
スーパーコンピューターを
動かすエネルギーになるんだ」
店主は
誇らしげに続けた。
「君が求めていた
『清らかな世界』。
それは
一切の感情を排し
ただ効率的に
1と0を処理し続ける
この回路の中の
ことだったんだよ。
おめでとう。
君は永遠に
文明の進歩という
『宇宙の意志』の
一部になれるんだ」
エフ氏が
叫ぼうとした瞬間
彼の意識に
強烈な電流が
流れた。
その思考は瞬時に
デジタル信号へと
変換され
どこかの大企業の
「来期の収益予測」という
この上なく世俗的で
不純な計算の結果として
処理されていった。
エフ氏という魂が
あった場所には
今や一ミリのノイズもない
完璧な「無」と
高速で点滅する
インジケーターの光だけが
残されていた。
(完)


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