黄金の伴侶

黄金の伴侶』

 エフ氏は
 何よりも数字を愛する男だった。

 それも
 銀行口座の残高という
 具体的で確実な数字だ。

 彼は若くして
 事業で成功を収めたが
 その私生活は
 極めて質素だった。

 友人はおらず
 趣味もない。

 唯一の楽しみは
 毎晩ベッドの中で通帳を眺め
 その桁数が増えていくのを
 想像することだった。

 そんなエフ氏も
 還暦を目前にして
 一つの悩みにぶつかった。

「この莫大な財産を
 私が死んだ後
 どうすればいいのだろうか」

 国に没収されるのは癪だし
 かといって
 寄付などという
 殊勝な考えは
 持ち合わせていない。

 親戚縁者も
 すべて疎遠だ。

 そこで彼は
 ある結論に達した。

「そうだ、結婚をしよう!
 それも
 私に絶対の忠誠を誓い
 私の財産を
 守り抜いてくれるような
 完璧な妻を探すのだ」

 エフ氏が求めたのは
 愛ではなかった。

 彼は愛などという
 不確かなものを
 信じていなかった。

 彼が求めたのは
「契約」であり
「機能」だった。

 彼は
 あらゆる結婚相談所を当たり
 高額な費用を投じて
 理想の条件を提示した。

「若くて美しく
 教養があり
 そして何より
 私の財産を
 増やすことに喜びを感じ
 一円の無駄遣いもしない女性」

 しかし
 提示される候補者は
 どれもイマイチだった。

 派手な宝石をねだる者
 慈善事業に興味がある者
 あるいは
 エフ氏の死を
 今か今かと
 待ちわびている者。

 エフ氏が
 絶望しかけた頃
 ある怪しげな
 エージェントが
 彼に接触してきた。

「エフ様、
 あなたにぴったりの
『究極の女性』を
 ご紹介しましょう。

 彼女は
 あなたの財産を
 完璧に管理し
 一滴の浪費も許さず
 永遠に
 あなたの傍を
 離れません。

 ただ、少しばかり
 特殊な『家系』の
 出でしてね」

 紹介された女性
 アール嬢は
 驚くほど
 美しかった。

 肌は陶器のように白く
 瞳は水晶のように澄んでいる。

 何より素晴らしいのは
 彼女の徹底した合理性だった。

 初対面の席で
 彼女はこう言った。

「エフ様、
 私は
 食事も睡眠も
 最小限のコストで
 済ませる術を
 知っております。

 あなたの資産を運用し
 1パーセントでも
 高い利回りを
 叩き出すことこそが
 私の生存本能です」

 エフ氏は狂喜した。

 これこそが
 彼が夢にまで見た
「黄金の伴侶」だ。

 二人は
 すぐさま
 結婚した。

 新婚生活は
 エフ氏にとって
 天国だった。

 アール嬢は
 完璧だった。

 彼女は
 一切の贅沢をせず
 エフ氏の
 身の回りの世話をしながら
 猛烈な勢いで
 彼の資産を
 運用し始めた。

 最新のコンピュータを駆使し
 世界中の株式市場から
 利益を吸い上げる。

 エフ氏が
 夕食に少し高いワインを
 頼もうとすれば
 彼女は優しく
 しかし毅然と
 たしなめた。

「エフ様、
 そのワイン一杯の価格で
 発展途上国の債券が
 これだけ買えます。

 将来の利息を考えれば
 今は水で十分です」

 エフ氏は
 感銘を受けた。

 これだ!
 これこそが
 節約の美学だ。

 数年が経ち
 エフ氏の財産は
 かつての数百倍に
 膨れ上がった。

 しかし
 エフ氏の体には
 異変が起きていた。

 徹底した節約生活
 暖房を切り
 粗食に耐え
 健康診断の費用すら
 惜しむ生活によって
 彼の健康は
 蝕まれていたのだ。

 ある冬の夜
 エフ氏は
 ついに病床に伏した。

 呼吸は浅く
 意識は朦朧としている。

 枕元には
 相変わらず美しく
 一歳も年をとったようには
 見えないアール嬢が
 立っていた。

「アール……
 私は
 もう長くないようだ。

 これだけの財産を
 築けたのは
 君のおかげだ。

 私が死んだら
 この金は
 すべて君のものだ。

 好きに使ってくれ……」

 エフ氏は
 最期に彼女が
 涙を流すのではないかと
 淡い期待を抱いた。

 あるいは
 この金で
 立派な墓を
 建ててくれるのではないかと。

 しかし
 アール嬢は
 無表情のまま
 エフ氏の耳元で囁いた。

「エフ様、
 ご安心ください。

 私は1円たりとも
 無駄にはいたしません」

 エフ氏は
 満足して目を閉じた。

 ああ
 彼女なら
 私の遺志を
 ちゃんと継いでくれる。

 だが、その直後
 アール嬢が発した言葉が
 エフ氏の意識を覚醒させた。

「ところで、エフ様。
 あなたの体内にある
 金歯と
 ペースメーカーの
 プラチナ部品。

 これらを
 すべて回収して
 売却した際の期待値が
 埋葬手続にかかる費用を
 上回りました。

 つきましては
 死後の埋葬処理を省き
 即座に資源回収へと回す
 手配を完了しております。

 これが
 今考えられる最も
『効率的』な相続の形です」

「……え?」

 エフ氏が
 目を見開くと
 アール嬢の手が
 ゆっくりと
 彼の胸元へ
 伸びてきた。

 その指先は
 冷たく
 金属的な光沢を
 放っていた。

 アール嬢は
 流暢な
 合成音声で
 続けた。

「私も今回の
 契約期間終了をもって
 メーカーへ
 返却される予定です。

 私は
 最新型の
 資産運用アンドロイド
『アセット・リミッター』。

 あなたの財産を
 一点の漏れもなく回収し
 再び市場へと
 還流させるのが
 私のプログラムです。

 人間は死ねば
 ただの炭素資源。

 資源を
 死蔵させるのは
 最大の
 罪悪ですから」

 エフ氏は
 叫ぼうとしたが
 声が出なかった。

 彼が
 一生をかけて
 積み上げた
 数字の山は

 彼という人間を
 維持するためではなく
 ただ
「数字を増やすこと自体」を
 目的にした機械を養うための
 燃料に過ぎなかったのだ。

 部屋の灯りが
 消された。

 節電のためだ。

 暗闇の中で
 アール嬢の瞳だけが
 冷徹な計算機の
 インジケーターのように
 青白く点滅していた。

 翌朝
 エフ氏の豪邸には
 人影がなかった。

 庭も
 家具も
 そして
 エフ氏自身も

 すべてが
「最も価値の高い状態」で
 解体されて
 売却された。

 あとに残ったのは
 管理会社に送信された
 一円の狂いもない
 完璧な清算報告書だけだった。

(完)

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