いつもの珈琲

-いつもの珈琲-

定年退職後、夫は毎日決まった時間に散歩に出かけ
決まった喫茶店でコーヒーを飲むようになった。

「何がそんなに楽しいのかしら」

妻は少し不思議に思い、ある日こっそり後をつけてみた。

店を覗くと、夫はカウンターでマスターと真剣な顔で話し込んでいた。

「……もう少し、ミルクを足したほうがいいかな」

「いや、奥さんはこれくらいの苦味が好きだったはずですよ」

実は夫、コーヒーが苦手な妻のために
家で淹れる「世界一の一杯」を修行していたのだ。

帰宅した夫に、妻は何も知らないふりで「お帰りなさい」と言う。
差し出されたカップから漂うのは、どんな名店よりも優しく、甘い香りがした。

(完)

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