(読者様からのご質問)
子どもの頃から『いい子』でいることで愛されてきました。40代になった今も誰かに怒ったり、依頼を断れない自分がいます。本当の自分が何なのかわからなくなるときも多いです。どうすればいいかアドバイスをお願いします。
(オレンジャーからの回答)
ご質問ありがとうございます!
あなたは長い時間をかけて、「いい子」という役割を丁寧に生きてきました。
その役割は、決して間違いではありません。
むしろ、あなたが愛を求め、愛を受け取るために選んだ、とても賢い生存の方法でした。
子どもにとって愛は空気のようなもの。
空気がなければ生きられないように、愛がなければ心は縮んでしまいます。
だからあなたは、「いい子」でいることで愛を手に入れる道を選んだのです。
それは弱さではなく、深い知恵でした。
しかし今、あなたの中で静かに起きている違和感は、とても自然なものです。
なぜなら、「いい子」という仮面は、成長するにつれて少しずつ窮屈になるからです。
それはまるで、子どもの頃にぴったりだった服を、大人になっても無理に着続けているような状態です。
破れてはいないけれど、どこか動きづらい。
苦しくはないけれど、自由でもない。
そんな感覚が、今あなたの中に生まれているのです。
ここで大切な宇宙の視点をお伝えします。
あなたは「いい子」だったから愛されたのではありません。
あなたが存在しているから、もともと愛される存在だったのです。
しかし幼い頃のあなたの意識は、その順番を逆に理解してしまいました。
「いい子でいれば愛される」
この思い込みが、あなたの人生の土台となったのです。
その結果、怒ることや断ることが、「愛を失う行為」のように感じられるようになりました。
けれど宇宙の法則では、愛は条件付きではありません。
太陽が特定の人だけを照らさないように、存在そのものがすでに価値なのです。
あなたの意識がこの事実に少しずつ気づくとき、人生の風景はやわらかく変わり始めます。
本当の自分がわからないと感じるのも、自然なことです。
なぜなら、あなたは長い間「相手に合わせる」という行動を優先してきたからです。
鏡に映る自分の姿を見続けるのではなく、相手の顔色を見続けてきたのです。
鏡を見る時間が少なければ、自分の輪郭がぼやけるのは当然です。
でも安心してください。
あなたの本質は消えたわけではありません。
ただ静かに待っているだけです。
ここで一つの具体的な例をお伝えしましょう。
例えば、レストランで食事を選ぶとき、あなたは本当に食べたいものを選んでいますか。
それとも、一緒にいる人が喜びそうなものを選んでいませんか。
もし後者なら、まずは小さな場面で自分の感覚を取り戻してみてください。
「今日はこれが食べたい」
その小さな選択が、あなたの意識を自分の中心へ戻してくれます。
怒ることや断ることは、その先に自然に現れてくるものです。
無理に練習する必要はありません。
まずは自分の感覚に気づくこと。
それが第一歩です。
善悪を超えた宇宙の視点では、「いい子」も「わがまま」も対立ではありません。
どちらも一つの経験の形です。
呼吸のように、与えることと受け取ることが交互に訪れるように、
人は優しさと自己主張のバランスの中で調和していきます。
あなたはこれまで、与える側に大きく傾いてきました。
だから今、受け取る側へ戻る流れが来ているのです。
それは成長の証です。
どうか覚えていてください。
あなたが怒ることは、誰かを傷つける行為ではありません。
あなたが断ることは、関係を壊す行為ではありません。
それは、あなたという存在を大切に扱う行為です。
そしてあなたが自分を大切にするとき、周囲もまたあなたをより深く理解し始めます。
不思議に聞こえるかもしれませんが、これが意識の創造の仕組みです。
あなたは長い時間をかけて、優しさという才能を育ててきました。
その優しさは消えることはありません。
これからはそこに、あなた自身への優しさを加えるだけです。
そうすれば、「いい子」という狭い枠を超えた、自由なあなたが自然に現れてきます。
それは決して急ぐ必要のない、美しい変化です。
あなたの中にはすでに、その芽が静かに息づいています。
安心して、一歩ずつ進んでください。
この回答があなたの心に届くことを祈っています。最後までお読みいただきありがとうございます。
(完)


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