-最後の目撃者-
「犯人の顔を見たんですか?」
刑事の問いに、老人は静かに頷いた。
「ええ。雨の夜でした。
街灯の下で、男が女性の首を絞めているのを、この窓からハッキリと」
現場は老人のアパートの真向かい。
遮るものは何もない。
「男の特徴は?」
「レインコートを着て、右足を引きずっていました。
顔は……そう、今のあんたにそっくりだ」
冗談はやめてください、と刑事は苦笑いしながらメモを取る。
「しかしおかしいですね。
あの夜は新月で、この通りの街灯は故障していたはずですが」
老人はフフッと笑い、手元のお茶を啜った。
「ああ、そうだったかな。
でもね、刑事さん。私は『見た』と言ったが、
『目で見た』とは言っていないよ」
刑事が老人の顔を覗き込むと、その瞳は白く濁っていた。
「私は盲目だ。だが、音と匂いには敏感でね。……
ところで刑事さん、さっきから右足の靴底を引きずる音が、
あの夜の犯人と全く同じなんだが」
刑事がポケットのナイフを握り直すより早く、老人は手元の非常ベルを鳴らした。
(完)


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