-終電後のハイヒール-
「もう、こんな靴履く歳じゃないわね」
深夜のオフィス街。
仕事帰りの彼女は、街灯の下でパンプスを脱ぎ捨て
素足でベンチに座り込んだ。
昇進と引き換えに失った時間は、鏡の中の目尻のシワになって刻まれている。
「タクシー、呼びましょうか」
声をかけてきたのは、かつての恋人だった。
二十年前、夢を追う彼を支えきれずに別れた相手。
彼は今の彼女の疲れをすべて見透かしたように、自分の上着を彼女の肩にかけた。
「……今度は、僕が送る番だ。家までじゃなくて、君が笑える場所まで」
差し出されたのは、革靴ではなく、履き慣れたスニーカーのような温かい手だった。
(完)


コメント