-ラストドライブ-
末期癌を患う夫が、最後にどうしても行きたいと言ったのは、新婚旅行で行った北の岬だった。
「無茶よ」
と反対する妻を押し切り、夫は二十年乗り続けた古いワゴン車のハンドルを握った
道中、夫は若い頃のようにカーステレオのボリュームを上げ、彼女の好きな曲をかけた。
「ねえ、覚えてる? ここで道に迷って、君が泣き出しちゃったこと」
「ええ、あなたが地図を逆さまに見てたからじゃない」
病を忘れたような笑い声が車内に響く。
ようやく辿り着いた岬で、夕日に照らされた海を見つめながら、夫が妻の手を握った。
「連れてきてくれてありがとう。人生の最後が、君の隣の助手席でよかった」
その手はひどく痩せていたけれど、彼女を支える力強さは、あの頃と少しも変わっていなかった。
(完)


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